第33章 うつつ夢列車
「何言ってるの? 蛍ちゃん。杏寿郎くんが、お館様に掛け合って治してくれたでしょう。鬼殺隊の薬学で」
「…そう、だっけ…」
当然のように笑う姉の言葉に、いつもなら疑いなど持たないのに。何故か釈然としない。
真っ先に頭に浮かんだのは、姉が口にしたそのお館様の姿だ。
重い病気の症状は顔半分をも覆い尽くし、失明させていた。
鬼殺隊をまとめる人物があんなにも病気に苦しんでいるというのに、その治療の手立てはないというのに。
姉の体をあんなにも惨い有り様から救い出すことができたのだろうか?
「蛍ちゃんが望んでくれたでしょう? 私の命と、健康と、未来を。こうして一緒に暮らしていられるのは、蛍ちゃんのお陰なのよ」
縁側に座る蛍と目線を合わせるように、姉が腰を曲げて屈み込む。
優しい笑顔はいつもの姉のものだ。
病気で床に伏せる前の、元気だった頃の。
「一緒に…」
「そう」
あんなにも切望していた。
姉の健康と、未来を。
それを姉自身に告げられて、そうだったと今更思い出す自分はどこか疲れているのだろうか。
(そうだ。私、願ってた。姉さんのこと。姉さんさえ生きていれば、傍にいてくれれば、他にもう何も要らないって)
だから狭い水槽のような身売り小屋の世界でも生きていけたのだ。
「私の、願い…は、姉さんと…」
「そう。私と、蛍ちゃん。そして杏寿郎くんと、槇寿郎さんと、千寿郎くん。皆で家族になること」
「…かぞく…」
拙い言葉に乗せて、ぼんやりと自覚する。
そうだ。家族になりたいと強く願った。
初めて、姉以外の他人をこんなにも大切に想えた。
杏寿郎と、その世界を取り巻く人々と共に生きていけたらと。
──ズキッ
「つぅ…!」
「蛍ちゃんっ?」
再び頭を切り付けられたかのように鋭い痛みが走る。
反射的に両手で頭を抱え込んだ。
「ぃ…痛…」
「どこが痛いのっ? 頭っ?」
願ったはずだ。
あんなにも恋焦がれて、手を伸ばしたはずだ。
どんなに険しい道のりでも。
どんなに血深泥な足場でも。
(血?)
頭を抱えて蹲る。
自分の体で影を作る足場が一瞬、赤い世界に塗り替わる。