第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
湯に濡れて、いつもよりしとりと落ち着いた髪は、冴えたその横顔をよく見せてくれた。
「星の数ほどの人々、と。どこかの誰かが比喩した言葉がある。言い得て妙だと思った。この数えきれない程の数多の星々は、この世で命を燃やした者達の光ではないかと」
「…命を燃やした…って」
「うむ」
生を尽くして、消えた者達。
それは杏寿郎の母であり、蛍の姉でもある。
この世にはいない人々の命ということ。
「俺の母も、そのまた母も。その更に母も、父も。煉獄の名を繋いだ者達もまた、あの高い空の上で光を纏い照らしてくれている。…そう考えていた時期があった」
鬼殺隊となる前の、まだ杏寿郎が幼い頃だ。
心も体も未熟な時だった。
守るべき存在である千寿郎に背を押され、懸命に鬼殺隊となるべく剣を振るうようになった。
それでも偶に。極稀に。
寂しさが心を覆い尽くそうとする時。
目の前にある家族の温もりだけでは晴れないその心を、いつも物言わぬ空に向けていた。
夜は鬼が蔓延る時間。
その闇を照らさんとばかりに光を生む星々は、姿を知らずとも焦がれる煉獄家の先祖のように。
杏寿郎の未熟な心に、ひとつの光を灯してくれた。
「世の為、人の為。その命を燃やした者達は、ただ無に帰すのではない。その生き様を語るように、導を示すように、我らの頭上を照らしてくれている。だから人は皆、星を見上げるのではないかと」
「……」
「傍から聞けばとんだ夢物語だ。だがそうあってくれたなら、と俺自身も何度も星空を見上げた」
ふ、と。眉尻を下げて、少しだけに苦く笑う。
それでも杏寿郎の双眸は満点の星屑を見つめ続けた。
「例え声も手も届かずとも。燃やした命があったことを、我らに刻み続けてくれたなら、と」
鬼殺隊は政府非公認の組織。
鬼という存在を知らない人間も遥かに多いこの世の中。
怒涛の戦場の中を生き、そして散っていった者達は少なくはない。
煉獄の名を持つ者達も、また。