第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「観光と言うならお松殿の街にも足を運ばねば。今度は柚霧ではなく、蛍として」
「あはは、そうだね。千くんもまた行きたいって言ってたし。松風さんには呆れられそうだけど…でもきっと迎えてくれるはず」
「でき得るならまた目玉親父殿と鬼太郎少年にも会いたいものだ。二人の話をすればきっと千寿郎が飛びつく」
「そういえば千くん、妖怪のこと詳しかったもんね。…うん。私もまた鬼太郎くんに会いたい」
「甘露寺には、今度こそババロアの土産を買っていかねば」
「あ、そっか。うん。今度こそね」
「帰ってきた宇髄には、借りている宝石も返さねば」
「ああうん。そうだ、借りてたね。雛鶴さん達にもまたお料理教わりに行かなきゃ」
「不死川の鉢植えを、玄弥少年にも渡さなければ」
「うん。千くんにも頼まれたし、それは絶対に叶えてあげたい」
「胡蝶には」
「待って杏寿郎、柱の名前全部出てくるの?」
話題は尽きずに増えていく。
弾む声のままに思わず蛍が笑いながら止めれば、ふと杏寿郎の声が柔さを見せた。
「一等綺麗な朝日を君に見せるとも約束した」
あれもこれもと続くのは、今までの軌跡を辿るようなもの。
それだけの出会いがあり、思いがあった。
未来への約束事も。
「…うん。約束、した。忘れてないよ」
弾む声を静めると、蛍もまた思い馳せるように頷いた。
忘れることなどない。
今辿った人々との思い出も。
そしてそこから未来へと繋いでいく道筋も。
築き上げていくのだ。
ここから、二人で。
「やりたいこと、沢山だね」
「なんの、まだまだあるぞ。時間はいくらあっても足りない」
「うん」
それだけ長い時間を共に歩んでいくのだと。そう告げるかのような杏寿郎の誘いに、蛍の口角も深く緩む。
鬼殺隊は明日をも知れぬ身。
それでも未来を示唆する想いを向けてくれるのは、それだけの決意を抱いてくれた証だ。
それだけで、
(贅沢者だなぁ…)
どれだけの幸福に包まれているのか。
自然と破顔してしまう程に実感する。
「…ね。杏寿郎。私もしたいことあるよ。今夜」
「今夜か?」
「うん」
不意に声を弾ませると、蛍は膝を折り杏寿郎と視線を合わせた。