第30章 石に花咲く鬼と鬼
からん、ころん。
赤い鼻緒の下駄が鳴る。
深い闇の中から現れるように、その少年は立っていた。
辛うじてついた弱々しい電灯に照らされる、仄暗い人の道。
其処には確かな人間の手により作られた痕跡があるというのに、肝心の人の気配はない。
「…随分と廃れた町ですね…」
前髪に隠れた顔は、右目だけが見えている。
幼い大きな瞳は寂しい道を見渡しながら、容姿には似合わない深々とした声を零す。
「これもあの噂の影響でしょうか」
「ふぅむ…そうじゃのう。町に森が生える、というものだな」
廃れた道に人影は少年一人。
しかし何処からか少年の耳に届く年齢を重ねた声は、すぐ傍にあった。
「儂は以前、この町に来たことがある。こんな大きな町に造り変えられる前じゃ。のどかで自然と人間が共存し合うような良い村じゃった」
「どれくらい前のことですか?」
「そうじゃのう…百余年程か…」
「成程。その間に例の噂は」
「勿論なかった。そもそも森が町に生えるなどと聞いたことがない。考えられるとするならば…あれは…」
ううむ、と渋るように呻る声が少年の耳に届く。
答えを見つけあぐねているのか、言い淀んでいるのか。
声の主の応答を待つ間、懐から取り出した一通の封筒に目を落とす。
噂はこの一通の手紙により知らされたものだ。
何処の誰かはわからない。ただこの町の者であったことだけは確かだった。
しかしざっと見て回った夜のこの町に、当て嵌まるような人物は見当たらなかった。
(逃げたのか、或いは…"消えた"のか)
町が森を生む。
その理由の底には、不穏な気配がして止まない。
「一先ず状況の把握を急ぎましょう。不可解な情報も耳にしましたし」
「不可解?」
手紙を懐にしまうと、再び下駄を鳴らして歩き出す。
誰もいない夜道を歩く人影は、やはり一つ。
「はい。この町には──」
それでも耳にはっきりと届く声の主に、少年はぽつりと声色を沈めた。
「切り裂き魔が出る、と」