第26章 鬼を狩るもの✔
槇寿郎に蛍の死を知らされた時と同じだった。
キンと強い耳鳴りがして、杏寿郎の世界から一瞬にして音が消える。
(あいし、あった?)
一体目の前の鬼は何を言っているのか。
理解しているはずなのに、心が追い付いていない。
「テメェ何ふざけたことを…ッ都合の良い記憶を植え付けるんじゃねェ!」
「ふざけてなんかいないぜ。俺は本当のことを話しただけさ」
「ンな訳ねェだろ! オイ煉獄! お前も否定しやがれェ!!」
「……」
「煉獄!!」
実弥の罵声も、杏寿郎の耳を通り抜けていく。
否、声は届いていた。
それでも頷けなかった。
あの花街の中で、小さな少女に扮した蛍を見失ったのは事実。
そこで蛍が童磨と出くわしたのも、また事実なのだ。
あの時、蛍は童磨とただ話をしただけだと言っていた。
その言葉を呑み込み信じたが、蛍の着物の内側に付いた血痕はなんだったのか、結局答えは見つからなかった。
それでもよかった。
見つからなくてもよかったのだ。
あの夜、確かに蛍の心を開いて、柚霧と想いを通わすことができた。
互いの存在を認め合い、求め合い、愛し合うことができた。
他人がつけ込む隙間もない程に、強い絆で結ばれたのだから。
(…違う)
ぶちりと、噛み締め続けていた唇の端が僅かに切れる。
滲む血の味を飲み込んで、杏寿郎はゆっくりと息を吐き出した。
(良いはずがあるものか)
無言で抱いていた八重美を下ろすと、先へと踏み出す。
「杏寿郎様…?」
本来ならその場を離れるようにと声をかけるところ、無言を貫く杏寿郎の双眸は氷の蓮にだけ向いていた。
一瞬も離すことなく蛍の姿を凝視していた目が、初めて童磨へと移り変わる。