第26章 鬼を狩るもの✔
名前を失くした蛍は抜け殻のようだった。
小さな反発は見せるも、大きな抵抗はしない。
身を捩り引け腰になっても、童磨が囲えば逃げ道を失くした小鳥のように狼狽えるだけ。
「怖くないよ。言っただろう? 俺と蛍ちゃんは"そういう関係"だったんだって」
「…っ」
「憶えてないから戸惑っているだけなんだ。一度味わってみれば、なんてことはない」
うなじを包む手が蛍を手繰り寄せる。
顎を持ち上げ、柔らかな体温を再び味わおうと唇を寄せた。
「ほたるっ!!」
熱が生まれ出ようとした空気を遮ったのは、幼い声だった。
どん、と何かの衝撃で蛍の体が揺れる。
振り返れば、背中に抱き付く小さな体。
「…テン、ジ」
蛍の背中にしがみ付くようにして抱き付いたテンジが、その肩越しに童磨を睨んでいる。
「ほたる、だめ…っ」
「おやおや。今は俺と蛍ちゃんの時間だって言ったんだけどなあ?」
「っ…だめ…」
「全く、我儘な子だな…」
ふるふると頸を横に振り、今にも泣きそうな顔を蛍へと埋める。
頭をぽりぽりと掻きながら、童磨は興が削がれたように溜息をついた。
テンジの血鬼術について理解はできたし、そもそも上弦である童磨には蚊の鳴くような存在だ。
それでもテンジを始末しなかったのは、同じ鬼ということもあるが、蛍の記憶を自由に操れる点にあった。
この小鬼はまだ利用価値がある。
だから手元に置いたが、何かと蛍にべったりで離れようとしないのは聊(いささ)か煩(わずら)わしい。
「いいかい? 此処は君の世界だけど、君の主はこの俺だ。憶えてるよね?」
「…ぅ…」
「テンジは、子供だから…責めないであげて、下さい」
「蛍ちゃんまでそんなことを言うのかい? その子も鬼だと言っただろう。見た目は子供でも、中身はわからないものだよ」
蛍よりも何十年、下手したら何百年も生きている小鬼かもしれないのだ。