第24章 びゐどろの獣✔
「おに。おに、おにおにおにおにおにおにおにおおおおにおおおにおににおに」
淡々と落ちていた声が途端に速まる。
息を呑む蛍の頬に、ぺたりと何かが触れた。
「おに。みぃ、つけた」
ぞわりと悪寒。
目の前の"これ"が何かはわからないが、無害とは思えない。
警告音が脳内で響く中、反射的に足を踏ん張ると蛍は外から獅子舞の上口と下顎を掴んだ。
「ッん、の…!」
みしりと獅子舞が軋む。
呼吸を繋ぎ瞬時に血管を膨れ上がらせると、蛍は渾身の力で頸に喰い込んだ牙を引き剥がした。
がきんっ!と鈍い音を立てて獅子舞の口が開く。
下顎は蛍の怪力により関節を外され、どうにか左の留め具だけでぶらりとぶら下がった。
「え…っ」
「「!」」
いきなり目の前の鬼が、獅子舞の頭を破壊した。
驚き声を上げる千寿郎の隣で、瞬時にその場を理解したのは二人の柱のみ。
「蛍ッ!」
「ッつぅ…!」
じゅう、と肉が焦げ付く。
獅子舞の口から抜け出た蛍の顔が太陽光に晒される前に、杏寿郎の手が伸びていた。
「千! 笠を!!」
「は…はい!」
己の胸に押し付けるようにして頭を抱き込むと、即座に命を飛ばす。
それでも一瞬のうちに、蛍の頬は焼け爛れていた。
「怪我をしたのは顔だけか?」
「っ…ぅ、ん…大丈夫」
「今はその言葉は不要だ。不死川、此処では目立ち過ぎる。場所を変えよう」
「……」
「不死川?」
実弥の目は、蛍からすぐに目の前の獅子舞へと移り変わっていた。
口を破壊された獅子舞は、無残な骸のような姿で地面に転がっている。
先程まで獣のように動き見せていたというのに。
突如中の人間が消えたかのように、地面に伏せ落ちたのだ。
「こいつァ…どういうことだ」
拾い上げた胴幕の中には、やはり誰もいない。
顎を破壊された獅子舞の口から、かしゃんと何かが滑り落ちた。
罅の入ったそれは、太陽光できらりと反射する。
「…鏡…?」
何処にでもあるような、小さな手鏡だった。