第24章 びゐどろの獣✔
思わず肘を付いて頭を持ち上げた実弥が呟けば、はっとしたのは杏寿郎ではなく蛍だった。
「弟子は師の世話をするのも仕事の一つだから…っ」
「いい、構わない。不死川には俺達のことを話した」
「えっそう、なの?」
「宇髄と同じだ。蛍のことを己の目でしかと見てくれている不死川なら、話しても問題はないと思ったんだ。そうだろう?」
「お前のその阿呆面の方が問題だがなァ」
「はは。一般隊士の前では見せられんな」
あたふたと慌てるのは蛍ばかりで、杏寿郎に焦る様子はない。
「もしかして長湯してたのって、そんな話してたからじゃ…」
「ああ。不死川は柚霧のことも知っているだろう? お陰で話は早かった」
柚霧という名に、蛍のうちわを仰ぐ手が一瞬だけ止まる。
が、すぐにぱたぱたと心持ち早く仰ぎ始めた。
「もう…そういう話は、声が響くお風呂場なんかでするものじゃないでしょ…」
「そうか? 蛍とも湯浴み中に色んな話をしただろう」
「そっ…」
「あれは有意義な時間だった。どうだ、明日にでもまた」
「時と場合と場所!!」
「ンぐッ!?」
「お二人共、お水をお持ちし──」
「千くん!」
「は、はい?」
「私タオル持ってくるから、後二人のことよろしく!」
「あ、はいっ」
じわじわと蛍の顔が赤く染まり、爆発するのは早かった。
邪気のない笑顔で誘う杏寿郎の頭が、即座に立ち上がった蛍の膝からごとんと落ちる。
タイミングよく水の入ったコップを二つ持ってきた千寿郎に任せると、蛍は逃げるように居間を後にした。
「むぅ…逃げられてしまった…」
「お前が悪いわ。誰が好き好んでテメェの女を風呂に誘う様なんか見たがるかよォ」
「不死川がいた方が、話を誤魔化されないものと思ったんだがな…強行突破されてしまった」
「…オイ、煉獄弟ォ。お前の兄貴はいつからこんな鬼馬鹿になったんだァ」
「す、すみません…っ?」
状況をよく呑み込めていない千寿郎がぺこぺこと頭を下げる中、杏寿郎は強かに床へと打ち付けた顎を擦りながら体を起こした。
視線は、逃げていった蛍の背を追うように向けたまま。