第24章 びゐどろの獣✔
「駄目なら駄目と仰って下されば、わたくしも別のものを…」
「抹茶は、初めてだったんです。だから一度、飲んでみたくて」
ふーー、と細く長く息を零す。
再度落ち着かせるように胸に手を当てると、深く深く呼吸を繋いで。蛍は額に汗を滲ませたまま、笑った。
「とっても、苦いんですね」
苦いと言いながら、その顔は馳走を口にしたかのような満足な表情だった。
苦難を苦難と感じていない。
本当に口にしたかったのだ。
それを与えて貰える喜びの方が、勝ったから。
「……」
それが静子には、身に沁みる程に伝わった。
「……」
「…静子さん?」
「…当然です。甘くはないと伝えたでしょう」
「ぁ…はい。そうでした、ね」
「口直しに、貴女のお持ちしたお菓子をお出ししましょう」
「え」
「これ」
廊下に待機させていた女中を、静子が呼ぶ。
楽焼と同じく深い色合いの銘々皿(めいめいざら)に乗せられた、蛍の用意した和菓子。
優しい山吹色に、赤紫色。二種類の長方形にカットされた和菓子が皿に並べられた姿を見た途端、ぱっと杏寿郎の顔が輝いた。
この季節にぴったりの芋ようかんだ。
「彩千代さんのお好きなものなのでしょう? これならお口に合うのでは」
「俺の好物でもあります!」
「まぁ。杏寿郎さんもお好きでしたの?」
「頂いてもよろしいでしょうか…っ」
「ええ、勿論」
「ではっ」
「あ、それは──」
嬉々として皿を手にした杏寿郎の食べっぷりは豪快なものだった。
大きく開けた口の中に、上品な芋ようかんなど一瞬にして消えてしまう。
ひとつ、ふたつ。みっつに、よっつ。
蛍の前に出された銘々皿の和菓子も、静子が止める前に瞬く間に食べきってしまったのだ。
「む。すまん、蛍。つい口が」
「ん、ふふ。大丈夫です。師範といたから、選んだようなものだから」
謝りながらも、もくもくと咀嚼する口は止まらない。
つい。と言いながら、わざとしてくれたのだ。
蛍の体調がこれ以上悪化しないように。
彼のその優しさを感じ取れたからこそ、蛍は青白い顔のまま嬉しそうに笑った。