第24章 びゐどろの獣✔
千寿郎に真正面から強く抱き付かれた、花街での夜。
もう触れ合うことに承諾は要らないと、言葉を交わさずとも互いに感じ取れた。
その手で、そっと包むように触れる。
優しく引き寄せれば、傾けた頬に兄と同じふわりと柔らかな髪が触れた。
「っ? あね…っ」
「しー」
「っ」
カァ、と少年の頬が耳と同じ果実色に染まる。
それでも抗うことなく、口を結んで大人しく頭を預ける様は、なんともいじらしくして。愛らしい。
(杏寿郎と一緒だ)
型こそ違えど、同じに愛おしいものだと蛍は微笑んだ。
すぅ、と細く息を吸い込む。
「うーたを──」
自分ではない、誰かの為にと。
こんなにも満ち満ちた気持ちで子守唄を口遊んだのは、初めてのことだった。
(……なんだこれは)
陽が陰り、肌寒さが増してくる。
それでも一向に片付けられない虫干しされた畳や本に、なんとなしに足を向けた。
其処で槇寿郎が見つけたのは、着物が広げられた部屋の隅。
思わず口に出してしまいそうになった感情を寸でで呑み込み、目の前の光景を凝視する。
壁に寄りかかり座っている蛍。
その肩に頭を預けて同じく座り込んでいる千寿郎。
きわめ付けは、蛍の膝を枕にして寝そべっている杏寿郎。
全員がその瞳を閉じ、すやすやと穏やかな寝息を立てているのだ。
「お──」
だからいつまで経っても虫干しされた物が片付かないのだと理解すると同時に、起こそうと声をかける。
が、それもまた途中でぐっと吞み込んだ。
余りにも三人が穏やかな表情で眠っていたからか。
蛍の膝は痺れていないのかと気にかけもしたが、彼女の寝顔はあどけないものだ。
「……はぁ」
迷った挙句に深々と溜息をつくと、がしりと己の頭を掻く。
「弛(たる)んでるな…」
いくら此処が煉獄家の生家と言え、陽が落ちていく間際に無防備過ぎだと。そう詰る声は三人に届かぬようにと小さなもので。
もう一度溜息をつくと、槇寿郎は虫干しされた着物へと一人、手を伸ばした。