第24章 びゐどろの獣✔
唄を忘れた かなりやは
後の山に棄てましょか
いえいえ それはなりませぬ
金糸雀という童謡は知っていても、杏寿郎の日常に馴染みあった曲ではない。
それでも不思議と、囁くような音色は耳に馴染んだ。
唄を忘れた かなりやは
背戸の小藪に埋けましょか
いえいえ それはなりませぬ
母が子守歌を歌ってくれた記憶も定かにはない。
それでも不思議と、体の力は抜けて鼓動は落ち着いた。
唄を忘れた かなりやは
柳の鞭でぶちましょか
いえいえ それはなりませぬ
静かに奏でられるは、愛しいひとの歌声だけ。
あやすように髪を撫でる指先。
瞼に重ねられた掌の体温。
頬に伝わる柔らかな膝の枕。
取り巻く世界の全てが、ただただ。あたたかくて。
唄を忘れた かなりやは
象牙の船に 銀の櫂
月夜の海に浮かべれば──
微睡み、落ちていく。
それは幸福な誘いだった。
「忘れーたうーた、を…思い、だーす──…」
音もなく一息。
静かに歌声を止めると、蛍はそっと瞼に乗せていた掌を退いた。
(……寝てる)
見えたのは、睫毛を伏せて、穏やかな息を繋いでる顔。
すぅすぅと小さな寝息を立てて、杏寿郎は深い眠りに落ちていた。
口元にはほんのりと、笑みとも取れるような、取れないような。そんな微かな曲線が浮かんでいて、つい蛍の目尻も緩む。
母の温もりに抱かれて眠る、それはまるで幼子のような姿だ。
「…おやすみなさい。杏寿郎」
ふわふわと指を埋める程柔らかな髪を、そっと触れ撫でて。
慈しむ声で、夢へと旅立つ杏寿郎を見送った。