第24章 びゐどろの獣✔
腰に回していた腕を解いて、膝に頭を預けたまま。杏寿郎の目は遥か遠い過去を見つめていた。
「父上は、その書を礎(いしずえ)にして柱となった。そして柱を、鬼殺というものを放棄した。…だから俺はその書の手は借りないと誓ったんだ」
「槇寿郎さんとは、別の道を歩みたかったってこと…?」
「別の…そうだな。そうかもしれない。自暴自棄になり零落(れいらく)する中でも、父上の手に握られていた書だ。…まるで縛り付けられているようにも見えた」
炎柱ノ書が、家宝のように大切なものであることは重々承知している。
しかし杏寿郎にとって、歴代の書よりも大切なものがある。
その書を手にする、温もりの主だ。
「俺には、書よりも父上の方が大切だ。だから見るべきものを、手にすべきものを選んだ。…もし俺が歴代の書を介さず柱になれたなら…父上に、認めてもらえるかもしれないと、思ったりもしたな」
「結果は散々だったが」と言って、眉尻を下げて微かに笑う。
杏寿郎の包み隠さず零れ落ちる本音に、蛍は下唇を噛み締めた。
「それ、槇寿郎さんには?」
「いいや。伝えたところで恩着せがましいとも、生意気だとも言われそうだしな。それこそ思いきり殴られそうだ」
(…それはわかる、かも)
「それに、父上は自身の柱としての姿をその手で折った人だ。俺が柱になったくらいで、その姿勢は変えられるはずもなかったかもしれない。だから、その先に行こうと」
「?」
「鬼舞辻無惨をこの手で倒し、父上が諦めた未来を掴めば、きっと俺のことも認めて下さる。幼い頃は父上の姿ばかりを追っていたが、その先を目指すべきだと知ったんだ」
「……」
「だから……む?」
爛と光る目は、幼子が夢を語るように。
それこそ父を憧れとして追いかけていた子供のような杏寿郎の姿に、気付けば両手を伸ばしていた。
「杏寿郎は、すごいよ」
頭をやんわりと包むように抱きしめて。
感じるままの想いを蛍は吐露した。
「偉いよ。十分過ぎるほど、たくさん頑張ってる」
何をどう言えばいいのか。
言葉は上手く作れなくて、ただただ感情のままに吐き出した。
(いっぱいいっぱいなのは杏寿郎も一緒なのに)