第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
端正な顔立ちを尚も映えさせる、宝石のような装飾と白いリボンの髪飾り。
八重美の母──静子は、それは杏寿郎が八重美の為に選んだものだと言っていた。
どんな意図で贈ったにせよ、装飾に特化した髪飾りは、軽い気持ちであげられるような代物には見えなかった。
だからこそ胸はざわついたが、今の杏寿郎の反応を見ればそこまで他意はなかったのかもしれない。
義勇がくれた玉簪のように、何かしら理由があって贈った可能性もある。
「あの…杏寿郎」
「なんだ?」
今なら、この流れで訊けそうな気がした。
例え異性への好意であげていたとしても、今はもうその気はないと、心を交わした杏寿郎なら告げてくれるだろう。
杏寿郎の心は、疑いのない程に傍にある。
繋がりをしかと感じていたからこそ、蛍は思い切って口を開いた。
「あの、髪飾り。八重美さんに、あげたことがあるって」
「髪飾り?」
「八重美さんがしていた、白いリボンの髪飾り。…本当に、杏寿郎が八重美さんにあげたの?」
恐る恐る顔色を伺うように問いかける蛍に、きょとんと目を向けていた杏寿郎は、腕組みをしたままふむ、と頸を傾げた。
「いまいち身に覚えがないが…その八重美という女性は?」
「八重美さんだよ。伊武、八重美さん。鬼殺隊に昔から助力してくれている御家柄だって。この間、会ったでしょ?」
「ふむ…?」
「えっ憶えてないの? 千くん、前に会ったよね? 瑠火さんのお墓参りに行った時に」
釈然としない杏寿郎の顔に、慌てた蛍が隣へと目を向ける。
兄と似た顔立ちの少年は、同じように焔色の逆立つ前髪を傾げていた。
「私も身に覚えが…」
「ええっそんなこと…っ」
「すみません。ですが兄上に憶えのない鬼殺隊関係の人なら、私にも心当たりはなくて…」
「そんな、こと」
からかったり、とぼけているようには見えない。
本当にそんな女性は知らないと目を向けてくる二人に、蛍は一人息を呑んだ。
(たった数日前のことなのに?)
これでは、まるで。
「なんで…憶えてないの?」
神隠しにでも、あってしまったかのようだ。