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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔



「…本当に、幾つも跡がありますね」


 柚霧の目が追う先は、繋げられたままの互いの掌。
 太い手首に走る小さな傷跡を目にして、不意に柚霧はぽつりと零した。


「腕にも、胸にも、脚にも。杏寿郎さんの軌跡を形作るもの」

「小さい傷ならそのうち癒えて消えたんだがな。大きなものは消えなかった」

「古傷、というものですね」


 炎柱の名を持つ今、戦闘においてもほぼ無傷を誇る。
 蛍の初任務から、杏寿郎が鬼相手に流血している姿は見たことがない。
 その体に蓄積された無数の傷跡が土台となり、今の杏寿郎を作り上げているのだと思うと、どの跡にも特別な思いを向けてしまうのだ。


「今の体に不満はないが、見栄えするものではないぞ」

「いいえ。私には、勲章のようにも見えます」

「そうか?」

「はい。だって、体の表側にある傷よりも、背中の傷の方が大きいでしょう」


 見なくとも触れるだけでわかる傷の深さ。
 肩から背にかけて大きく斬り裂かれたように斜めに走る古傷を、そうと撫でる。
 地肌より多少白く盛り上がっているそれは、当時負った傷がどれ程深いものかを物語っていた。


「この傷、誰かを守る為に受けたものじゃありませんか?」

「それは…どうしてそう思う?」

「私の知る限りの杏寿郎さんは、鬼相手に逃げ出すような御方ではありません。背を向けなければならない、やむを得ない事情があったのだろうと」


 傷跡の有無だけではない。
 共に任務をこなし、その実力を、姿勢を、間近で見ていたからこそ悟ることができた。


「世の人々を愛している杏寿郎さんです。鬼に対しても、憎しみだけでなく聡明な心で向き合っている杏寿郎さんですから。この傷跡は、そんな杏寿郎さんの生き方そのものを表しているような気がして。愛おしく、なるんです」


 恭しく傷近くの肩に口付けると、柚霧は顔を上げて間近で金輪の双眸を捉えた。

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