第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「君が感じてくれると、俺も一緒に気持ちよくなれるんだ…っ構うことは、ない」
「だけど…ッぁ、んっ!」
突き上げられる度に、金魚は踊る。
その手が迷うように宙を泳ぐから、捕えるように掴み取った。
指と指を絡めて、握り合う。
体を仰け反らせながらも、柚霧の濡れて光る瞳は杏寿郎だけを見つめていた。
「は…っんッ離さ、な…で…っくださ…ッ」
不規則に力を込める掌は、まるで柚霧の思いそのもののように思えた。
「私、のこと…っわすれ、ないで…ッ」
煌びやかに光る世界で、ゆらゆらと揺れる儚い金魚。
その一瞬は目に焼き付いても、他の金魚と混じればどれも同じだと扱われる。
命の価値に、個の価値はない。
それでもいいと思っていたのに、気付けば目で追い求めていた。
その人の前でなら、金魚のように舞ってみせてもいいと思えた。
例え一瞬の、一夜の、舞でも。
その人の視界を全て奪えるのなら。
「杏寿郎、さ…っ」
「っ忘れるものか」
絡む手が強く引き寄せる。
腹部を押さえる手の圧も消えて、されるがままに杏寿郎の上に倒れ込んだ。
受け止めたのは、優しくも強い抱擁だった。
離すまいと背を抱きとめて、繋げた掌を握り返す。
「一生忘れたりしない。例え柚霧の名が無くなろうとも君は君だ…っ代わりなんていない」
「んッ…」
唇が重なる。
感情のままに深く口付けて、杏寿郎は唇の隙間から愛を注いだ。
「っ柚霧、君を、愛している」
息が乱れる。
袖が擦れ合う。
肌は艶めき。
熱が翻弄する。
生きている。
生命そのものの芽吹きのような愛の契りの中で、ただ自分だけを見てくれている愛しいひと。
暗い瞳を濡らす雫は重力に従い、ぽたりと杏寿郎の頬に跳ね落ちた。
「私、も…っ愛して、います」
艶やかでも、涼しげでも、優しさに満ちたものでもない。
くしゃりと歪ませ笑う柚霧の感情に満ちた表情を、杏寿郎は初めて見た。
胸の奥が締め付けられる。
嬉しいはずなのに、満たされる想いとはまた別の想いで心は震えた。