第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
──ちゃぽん
体の芯から温まる心地良い湯船の中で、ほ、と蛍は息をついた。
大人に戻した体を石鹸で隅々まで洗えば、川底の臭さは消えたように思う。
くん、と腕の匂いを嗅いでよしと頷く。
膣内に放たれた精液への処理は、童磨が去った後すぐに施(ほどこ)した。
人目のつかない橋の下に逃げ込み、できる限り自分の手で掻き出した後に川の水で隅々まで洗った。
お世辞にも綺麗とは言えない水だが、何もしないよりは到底心持ちが違う。
その成果か、偶々出くわした杏寿郎は十二鬼月の存在に驚いていたものの、蛍の体からその気配は感じ取っていないようだった。
だとすれば体に残されていた童磨の精も綺麗に取り除けたのだろう。
改めて自分の腕を見れば、川で行水する際に強く擦り過ぎたあかぎれも消えて、傷一つ付いていない。
童磨に噛み付かれ流血した首筋も、すっかり完治している。
「…便利だな。鬼の体って」
人間であれば隠し通すことはできなかっただろう。
安堵した様子もなく、覇気のない声でぽつりと呟いた。
なんとも都合よくできた身体だと。
「これが代えの着物だよ…ってなんだいそりゃ。濡れっちまってるじゃないか」
「ありがとう! しかし借り物を濡らしてすまない、やむを得ない事情があったんだ。故に提案なんだが、お松殿。この着物を一式俺に買い取らせてもらえないだろうか?」
「あんたが? 柚霧の着たもんをかい?」
「そうだ!」
「そりゃあ構わないけど…それもただのべべじゃないからね。安くはないよ」
「構わない! 幾らでも出そう!」
「…へえ?」
「俺の顔に何かついているか!?」
浴場の戸の前で待機していた杏寿郎の所へ、松風を呼びに行った千寿郎が共に戻ってくる。
真新しい着替えの衣類を渡しながら、松風ははきはきと告げる杏寿郎の顔を凝視した。
「あんた、柚霧のなんだい?」
「む?」
「色かなんかかい」
"色"という言葉に、テンポよく応えていた杏寿郎の声が止まる。
意味は、結婚の約束はしていない関係を持った異性のことだ。
一度呼吸を繋ぐと、すぐにぱっと明るい顔で杏寿郎は口を開いた。
「俺は彼女の許婚だ!」
「許婚ぇっ?」