第22章 花いちもんめ✔
左の眼球には【上弦】の文字。
右の眼球には【弐】の文字。
「あ、でも猗窩座殿のことも知らないなら俺のことも知らなくたって当然かあ。神社で出会った時も、蛍ちゃんは鬼になって日が浅いって言ってたもんね」
そうかそうかと笑う童磨の言葉は、途中から一切耳に入ってこなかった。
蛍の目は、上弦の弐を証拠付ける目の前の瞳に釘付けだったからだ。
(上弦の…弐…!? 童磨が…!?)
実力のある鬼だろうとは思っていたが、まさか無惨の片腕となるような存在だとは思ってもいなかった。
自分を抱き上げているこの男が、悪鬼を蔓延らせる元凶の片腕そのものとは。
「あれ? もしかして驚いちゃった? 大丈夫だよっ蛍ちゃんを喰べたりはしないし。大丈夫、大丈夫」
息を呑む蛍の様子に、慌てた童磨が再びよしよしと背を撫でる。
その慌て様も心配も、取り繕っているようには見えないのだ。
今まで出会った鬼のように、血肉に飢えて吠えるような相手ではない。
これが上弦の鬼なのか。
「俺が喰べるのは人間の女だけだからね。前にも話しただろう?」
ね、と安心させるように笑いかけてくる。
童磨のその言葉は、蛍には逆効果でしかなかった。
「(そうだ。童磨は、女性を好んで喰らうって言ってた。なら花街に来たのも…)…喰べる、ため?」
「え? た、喰べないよっ? 蛍ちゃんは大事な」
「駄目」
「…だめ?」
縋るように童磨の服を握っていた小さな手が、力を増す。
鬼は人間を喰らうことで強さを増す。
上弦の鬼にまで成り上がる為には、一体どれ程の人間を喰らってきたのか。
想像もつかないが、この人混みの命全てを奪っていても可笑しくはない。
この花街にいる女郎も少女も老婆も全て。
松風も、生娘に化けた千寿郎も。
「ここにいる人を、喰べたら駄目」
ぎり、と締め上げるように服を掴む。
変わる蛍の声色に、童磨は驚いた顔で言葉を呑み込んだ。
しかしそれも一瞬だけ。
数字を刻んだ瞳は蛍を捉えたまま、鋭い牙が覗く口を薄く開いて笑う。
「それもお願い事なのかな?」