第21章 箱庭金魚✔
「私、自分勝手だから。私一人じゃ足りないの。杏寿郎にも勿論幸せでいて欲しいし、それを見て喜んでくれる人が周りにもいたら、もっと嬉しい」
姉一人だけしか求めていなかった心は、それだけではないものを欲するようになって変わった。
知らなかった愛を知って、噛み締める程の幸せを感じて、もっとと求めるようになった。
欲張りになったのは、それだけ見ていたいものが増えたからだ。
「最初は杏寿郎のお嫁さんになりたいって、それだけだったけど。槇寿郎さんとまたお酒を酌み交わしたいと思ったし、千くんにもっと煉獄家の味を教えてもらいたいと思うようになった。私、父も弟もいないから…二人の家族になれたらいいなって」
じっと真白な薔薇を二本見つめて。
ううん、と蛍は頸を横に振った。
「二人の家族に、なりたいって。そう思ったの」
最愛のひとを亡くして今尚心を伏している槇寿郎の、傍に寄り添いたいと思った。
才覚に恵まれず、それでも自分にできることをと前を向く千寿郎の、背を支えたいと思った。
そんな二人だからこそ家族になりたいと思ったのだ。
「千寿郎が聞けば、きっと大層喜ぶだろうな」
蛍の思いに触れた杏寿郎の表情が、より穏やかに微笑む。
「そう、かな」
「そうだとも。その花束も、花選びに苦戦していたようだったから俺が立て替えようとすれば、きっぱり断られてしまった。自分で用意したいのだと。それだけ千寿郎にとって、蛍への譲れない思いがあったんだろう」
「…そうなんだ…私は、大好きだけどな。この花束。千くんの優しさと繊細さが詰まってるみたいで」
手元の花を顔に寄せて、いっぱいに香りを吸い込む。
「今まで貰ったお花の中で、一番嬉しい」
異性の、という言葉は杏寿郎の手前言わなかった。
それでも心底嬉しそうにはにかむ蛍の姿に、ぴしりと杏寿郎の笑顔が止まる。
「……」
「…杏寿郎?」
かと思えば、無言できょろりと辺りを見渡した。
徐に杏寿郎が手に取ったのは、花立に活けられた桔梗の花。
一輪だけぷつりと切り取ると、そうと蛍の耳の上に差し込む。