第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「ふふ。私も」
嬉しそうに届く蛍の声は建前には聞こえない。
あんなに苦しい思いをさせたのにか、と杏寿郎が疑問で顔を退けば、涙だけではないもので潤む瞳と重なった。
「杏寿郎が気持ちよくなってくれてるって思うと、ここがきゅってして、どきどきも、して。私も一緒に気持ちよくなってた」
胸に掌を当てて、頬を緩める。
(こんなふうに気持ちよくなれたのは初めてかも)
口淫は幾度となく経験があったが、嫌悪しかなかった男の欲を自ら飲み込み、体を熱くさせたことなどなかった。
杏寿郎から貰えるものなら、苦しさや苦みでさえも甘くなるのだと。蕩けるような息をつく。
「だから…また体が熱くなるようなことがあったら、私が全部拾うから。我慢、しなくていいよ」
鬼殺での猛りなど、幾らでも自分が相手をするからと。寄り添うように蛍から抱き返せば、すぐに熱いそれに気付いた。
視線を下げれば、半裸で身を寄せている杏寿郎の腰元。
そこに熱いものを感じて、蛍はまじまじと目の前の顔を見た。
眉を顰める杏寿郎のものは、萎えることなど知らないかのように猛りを取り戻していたのだ。
「……また、する?」
二十代を迎えたばかりの若い体なら、なんら不思議ではない。
頸を傾げて蛍が問えば「ぃゃ、」と小さな声で頸を振った杏寿郎が、ぐ、と強く背に手を添えた。
まるで離れることを許さないとでも言うかのように。
「とても気持ちのいいものだったが…足りない」
「杏じゅ…」
「やはり、君が欲しい」
切望を向けてくる表情は、苦しげな熱を纏っているようにも見えた。
そんな熱い声で、切なげな表情で、強い行為で求められて、何も感じないはずがない。
早鐘を撞(つ)くように蛍の胸の内が騒ぐ。
「いけないことだと言うのなら、全て俺の所為にしてしまえばいい」
体の深みへと浸透していく低くも心地良い声は、いつも麻薬のようだと思う。
触れられてもいない体の奥底が、じんわりと湿りを帯びる。
「今ここで蛍を俺にくれ」
見栄も建前もかなぐり捨てた欲を前にして。
断る理由など、思いつかなかった。