第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
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ちぅ、と愛らしいリップ音を立てて吸い付く唇。
顎に、頸に、鎖骨に、胸元。
ひとつひとつ辿るように口付けていく様に、杏寿郎は僅かに身を捩った。
「…蛍…」
「ん。背中、痛い? ごめんね」
「いや、問題ない。が、」
「寒い?」
「それも問題ない」
「大丈夫、全部脱がせたりしないから」
「いや…うむ」
細い指に帯を緩められ、筋肉質な胸元と脚がはだけていく。
分厚い胸元へと吸い付く蛍に、杏寿郎の視線も下がる。
どこか落ち着かないように、その目はちらりと周りを盗み見た。
「大丈夫だよ」
その様が見えていたかのように、上目に見上げた蛍がほのかに笑う。
「見ているのは、お月様と私だけだから」
月明りに照らされ微笑む蛍の唇が、そっと杏寿郎の肌に吸い付く。
ぬらりと光る赤い舌が、薄い杏寿郎の胸の突起に絡む。
背の壁についた杏寿郎の指先が、ぴくりと揺れた。
人気のない、広くも静まり返った煉獄家の庭。
組手や打ち込み稽古ができる広さを持つ庭の隅。
其処には大きな納屋が建っている。
その名の通り、今はもう使われていない古びた家具や道具が眠っている物置小屋だ。
その納屋と屋敷を取り囲む塀との隙間に、二人は身を滑らせていた。
隙間と言っても、月明りに照らされるだけの空間は十分にある。
納屋の壁に背を付き立つ杏寿郎の前で、蛍は足元に作られた影をゆらりと擡(もた)げた。
「防音になるかわからないけど、少しなら…」
ずず、と薄い影が球体状に蛍と杏寿郎と納屋の壁の一部を覆っていく。
限界まで薄く伸ばした影は、月明りと周りの景色をほんの少し暗くする形で視界に通してくる。
「よもや…そんな芸当までできるようになったとは」
「鬼との話し合いの時に使ってた影壁を、薄くしただけだよ」
感心気味に頷く杏寿郎に「それより、」と告げて。蛍は、とんと額に人差し指を添えた。
「今は、私に集中」
いつもは逆の立場で伝えてくる誘い文句を向けて、再び肌に唇を這わせる。
屋敷内では、家族の目に常に気を張っていなければならない。
結果、杏寿郎の手を引き蛍が連れ出したのが広い煉獄家の庭だった。