第19章 徒花と羊の歩み✔
「……」
「……え、っと」
沈黙。
口を結び何も応えない槇寿郎に、言い過ぎてしまったかと蛍もまた一度口を閉じた。
わざわざ昼間の謝罪をしに来てくれたのだ、感情に任せて手をあげるようなことはしないだろう。
しかし我儘だとか守りたいだとか、何を偉そうにと不快にさせてしまったのかもしれない。
「あ。このワインっ千寿郎さんが、選んで買って来て下さったんです」
どうにかこの空気を脱しようと咄嗟に出たのは、手にしたワインボトルのこと。
「…わいん、とは?」
酒に溺れてはいるが、詳しい訳ではないのか。ようやく口を開いた槇寿郎の問いかけ方は杏寿郎に似ていて、ついくすりと蛍の口元が綻ぶ。
「ワインは、果実を使った外国のお酒だそうです。宇髄天元という音柱様に教えてもらったものですが」
「…あの男か」
「ご存じなのですか?」
「面識がある程度だ」
天元は、杏寿郎よりも古株の柱。
元炎柱である槇寿郎の現役時代に出会っていても、なんら不思議ではない。
「私、他のお酒は口にできないんですが、これだけは飲めるみたいで。杏寿郎さんが前以て千寿郎さんに教えてくれていたらしく、事前に酒屋をあちこち回って人にも訊いて、探してくれたそうなんです。一度も出会ったことのない私の為に」
「……」
「…千寿郎さんは、自分の主張は強くないかもしれません。ですが、他人の為に行動できる心を持っています。そうして一歩退いて誰かの為にと優しくなれる心も、素敵なものだと思うのです」
大切そうにボトルを抱いたまま、海外の文字が綴られたラベルに指を滑らせる。
だから、と柔い声を添えて。
「このワイン、今まで飲んだ中で飛びっきりに美味しいんです」
たぷりとグラスの中で揺れるワインをもう一口、含む。
うんと頷いて笑う蛍を、じっと槇寿郎の鋭い双眸が捉えた。
「……」
「……え、っと(また沈黙!)」
二度目の沈黙。
杏寿郎の話題でも重くなれば、千寿郎の話題でも重くなるのか。
だからといって天元や実弥にしているような砕けた話は、流石に師の父相手に気軽にはできない。