第18章 蛹のはばたき✔
涼し気なカンカン帽の配達人や、優美な姿で番傘を差す舞妓達。
地元の空気を嗜む者もいれば、外から訪れた旅行客も多い。
右を見ても左を見ても煕煕攘攘(ききじょうじょう)に賑わう人々。
暑い真夏日と言っても、京の都は今日も栄えている。
「蛍ちゃん、大丈夫か?」
「う、ん」
賑やかな人通りを歩く鬼殺隊一行。
その最後尾をついて歩く蛍に、心配そうに後藤が振り返った。
いくら体調が良いと言っても、やはり鬼である蛍にこの強い日差しは毒だ。
その証拠に、夜とは違い一歩ずつ進む蛍の足取りは慎重そのもの。
人混みに流されてしまうのではと、はらはらと見守る後藤の隣を、すいと炎の羽織が通り過ぎた。
「蛍」
差し伸べられたのは、先を歩いていたはずの杏寿郎の手だった。
竹笠の下からおずおずと見上げる蛍の狭い視界に、穏やかな表情の杏寿郎が入り込む。
「手を」
「でも…」
「今は任務ではないのだから無理はするな」
「…はい」
任務ではないと言っても、ただの娯楽だとも思えない。
しかし催促する杏寿郎の言動には、部屋を出る際に見た淡々とした空気は感じられない。
大人しくその手を握れば、柔く握り返された。
「今は京の都の観光だ。師弟の敬称も要らない。ありのままの蛍として接してくれ」
「え…で、ですが」
蛍が杏寿郎を師範として敬うのは、柱と継子であることを明確にする為だ。
それは己の中だけでなく、周りに鬼殺隊関係者がいる時にこそ必要なこと。
今現在、傍らには隠の後藤と藤屋敷の清がいる。
二人の前で、継子の仮面を脱いでもいいものか。
ちらりと二人を視界の隅に入れた一瞬の動作だけで、蛍の無言のその訴えを杏寿郎は読み取った。
「問題ない。加藤君は説明するまでもなく納得してくれるだろう。清少年も、理解力のある者だと見込んでいる」
「…っ」
「へ? あ、ハイっ」
柔く握る掌と同じに、穏やかな表情で杏寿郎が二人に眼差しを向ける。
後藤は心当たりのある節にそれ以上何も言えずに視線を逸らす。
急に振られた清は訳もわからず、ただ憧れの炎柱に見込まれたことにシャンと背筋を伸ばした。