第17章 初任務《弐》
「本っ当にあの人話聞かねぇ時は聞かねぇよな…ッ」
「気持ちいいくらいにね」
「てか蛍ちゃんはいいのかよ? こんな真昼に観光なんて」
「うーん…まぁ、」
任務なら受けていたが、今回は観光と言う名の娯楽。
任務直後ということもあり、本来なら断っていたであろう提案だ。
しかし部屋を出る際に杏寿郎が放った言葉が、蛍の心に引っかかっていた。
『ついて来なさい』
ただ一言。
笑顔で誘うでもなく、爽快に連れ出すでもなく。
感情の起伏の見えない顔で先へと促した。
そこにあったものは、ただ観光を楽しむ感情とは到底思えなかった。
故に断る選択肢はなく、杏寿郎の提案を受けたのだ。
「今は体も調子良いし。本当に危なくなったら、その時はちゃんと言うから」
杏寿郎に貰った鮮血のお陰で身体は好調だ。
強い日差しに眩暈を覚えるのは確かだが、踏み出せない訳ではない。
もう一度苦笑混じりに告げる蛍をじっと伺っていた後藤は、やがて諦めの溜息をついた。
「じゃあ本当に危ない時は言ってくれよ。炎柱さんを置いてでも蛍ちゃんを連れ戻すから」
「うん。ありがとう、心強い」
杏寿郎に声を荒げて反論できた後藤だ。
ここぞという時は貫ける芯を持っている彼に素直に甘えようと、黒い布手袋の上から後藤の服の裾を軽く握る。
「でもね、京都を見て回りたかったのは本音だよ。だから後藤さんも一緒に楽しんでくれると、もっと嬉しいかな」
竹笠の下から覗く顔には、無理をして笑う気配はない。
笑顔で誘う蛍に、やがてふいと後藤の目は庭へと逸らされた。
「……おう」
ぼそりと返された小さな地声は、照れ隠しか。
なんだかんだ言いつつ、つき合ってくれる後藤はやはり根が優しい人だと、蛍の笑みも深くなる。
「蛍! 加藤君!」
「あ、はい! 今行く!」
「だからオレは後藤だって…」
縁側から下りた杏寿郎に呼びかけられ、渋々とも口を尖らせる。
そんな後藤の袖を促すように軽く引いて、蛍は白い日差しの中へと踏み出した。
「行こう」