第17章 初任務《弐》
顔を近付ける蛍に、嗅いだことのない匂いを感じた幼い顔に紅が差した。
途端にその目を背後から両手で覆ったのは、父であり主である男だ。
「は、早いてなんやっ鬼は鬼やろ、そないなことで惑わされへんぞ!」
「はいはい。わかったから暴れるな」
耳まで赤くさせた少年の叫びには苦笑しか返せない。
苦くも笑う男の隣で、同じく驚き混じりに笑う男が一人。
「しっかし化けたなぁ…あ、化けたって悪い意味じゃなくてだな。蛍ちゃんにそんな特技があったとは」
その男の顔は覆面にて目元しかわからない。
しかし砕け慣れた口調に、蛍もまた建前ではない笑みを返した。
「ありがとう、後藤さん。後藤さんが化粧品一式用意してくれたから、それなりにまともな顔になれた」
鬼殺隊の隠の一人、後藤。
隠の中でも特に気さくにつき合っている彼の登場に、蛍も喜びを隠せなかった。
「オレは藤の家の手伝いをしただけさ。任務中の剣士達の補佐が隠の仕事だからな」
「でもまさか後藤さんとこんな所で会えるなんて」
「此処は元々花吐き病の解明を任務として指定されていた地区だからさ。急な鬼の出現でもないなら、前もって隠が派遣されるのはよくあることなんだ」
「へえ、そうなんだ」
「それに、此処に次は炎柱さんが任命されるって聞いてたし」
「うん」
「だから…その、」
「うん?」
「継子である蛍ちゃんも任務に当たるって知ってたから…初任務なんだろ? なんか、気になっちまってよ」
「…後藤さん」
鼻の頭を指で搔きながら視線を逸らす。
後藤なりのその気遣いに、蛍の顔に柔らかさが帯びる。
「ありがとう。後藤さんが任務地の担当でいてくれると、凄く心強い」
「そうか?」
「うん」
「ま、オレ達がやるのは補佐とか後処理くらいだけどな…」
「それが大事なんだよ。縁の下の力持ちって言うのかな? それあってこその鬼殺隊だと思うよ、私は」
「はは。蛍ちゃんは優しいのな」
「そんなことないよ」
本心をただただ口にしただけだ。
(私より、後藤さんの方が何倍も優しいから)
そんな鬼を気遣ってわざわざ足を向けてくれる彼の方が、余程優しいのだと。蛍は尚も笑みを深めた。