第16章 初任務《壱》
ガタタン、ゴトトンと車輪が呻る。
白い蒸気を怒号の如く煙突から吹き上げながら、夜の闇を突き抜けていく黒い鉄塊──夜行列車。
夏の夜風が程よく肌を冷やしていく中、蛍は笑みを浮かべて顔全体にその風と熱気を受けていた。
「凄い…! こんなに速く走る乗り物、見たことない…!」
「ははは! そうだろうな!」
「杏寿郎も見てみたら、こっち。ほら! 外の景色が一瞬で消えていくからっ」
「うむ! 俺は大丈夫だ! 汽車なら任務の際に幾度も利用している!」
きらきらと星屑のように目を輝かせ窓の外に顔出し誘う蛍に、笑ってはいるが長椅子に腰を下ろしたまま杏寿郎は動こうとしない。
体全体で楽しんでいる蛍の無邪気さに、にこにこと返す笑みは穏やかだ。
「蛍は好きなだけ楽しむといい」
余りに穏やかなその笑みに、まるで子を見守る親のような空気を感じてしまったのか。蛍は窓から出していた顔を引っ込めると、客室を荒らす風を追い出すように窓を閉め切った。
「もういいのか?」
「…ごめんなさい」
「む?」
「今は任務中だったのに…みっともなくはしゃぎ過ぎました…」
向かいの席に座り、羞恥故か俯き加減にぽそぽそと自分を詰(なじ)る。
風で巻かれたぼさぼさの髪をそのままに背を丸めて反省する蛍に、杏寿郎は見開いていた目を尚も開いた。
ぷ、と堪らず噴き出してしまう。
「ふ、くく…っ」
「! な、なんで笑うのっ? ごめんなさい!」
「いや…っ本当に、愛いものだなぁ、と」
握った拳で口元を押さえながら、空いた手で乱れた蛍の髪を直す。
頭を撫でられているようにも思える感覚に、蛍は何か言いたげな目をしながらも大人しく従った。
「それに楽しんでいても良かったんだぞ。任務はまだ先だ」
「え? でも列車内に鬼が出るんでしょ? だったら楽しむ余裕なんて…」
「それは無限列車の中だ。この汽車ではないぞ」
「えっ」
「切符を見てみるといい」
促され、慌てて乗車前に購入した切符を見る。
小さな薄い長方形の切符には、乗り継ぎの駅名が記載されており、その上には小さく列車の名も刻んであった。
「あさかぜ号…」
そこに無限列車の名は、ない。