第30章 私の…嫌いな人。
怖い…
怖い。
無意識に手に力が入る。
震える唇を噛む。
「そうじゃなきゃ大事な大事な調理師の学校の試験前に男を連れ込んだりはしないだろう。」
違う。
「私達に逆らってまで入りたかった学校だもんなぁ。私と同じ道を歩けば将来安泰だったのにな。」
苦しい。
苦しい。
まるで水の中にいるみたい。
上手く息ができない。
「調理師なんて底辺の仕事。やるだけ無駄なのにな。」
『止めて…下さ…』
口が渇いてカラカラになった声。
上手く言葉が出ない。
「料理なんて家政婦みたいな底辺がやる仕事だろう。やるだけ無駄だ。」
嫌、だ。
「止めてください。美優さんを悪く言うのは。」
震えを抑えるために強く握りしめた拳。その上から優しく包みこむ大きくてあたたかい手に強張った顔を上げれば、その先でリエーフがこちらを見ている。
『りえ…ふ…』
「美優さん、ちょっと待ってて?」
私に囁くその声は、リエーフの手のひらみたいにあったかくて優しかった。