第5章 【赤き弓兵の記憶】 身勝手な願い
「でもね、それでもいいの。『この世界』は、『決して侵してはいけない世界』から、私を招いてしまった。きっと、もう『この世界』は、本来の形を留めることはできない――私はね、究極の魔法になりたいんだ。全ての始まりと終わりになって、“アラヤ”も“ガイア”も、超えられるような魔法になりたい。私はね、シロウ――もう君に、“抑止の守護者”だなんて立場で、人を殺させたくない」
瞬間、私は彼女の肩をつかんで、体から引き離していた。驚愕のあまりに、言葉が出てこない。なぜ、彼女は「そんなこと」まで知っているのか。
腕の中に閉じこめていたせいで、目を合わせることができなかった彼女の、湖面のように凪いだ瞳を見つめる。彼女もまた、驚愕に揺れているだろう私の瞳を見つめて、静かに言った。
「きっと、私の願いが叶っても、魂に刻まれた記憶は変えられない。魂の在りかたに干渉なんてしたら、それはもう、きっと別の魂になってしまうと思うから。もしかしたら、君自身は、そうなることを望むかもしれないけど、私はどんな“士郎”も失いたくないから。だから――ごめんね」
最後に浮かべた笑みは、「あのころ」と何ひとつ変わらない。困ったようでいて、どこか憂いを帯びた笑み――「オレ」は知っていた。彼女が困ったような笑みを浮かべるのは、彼女の信念ゆえに譲れないことだからだと。その一方で、「オレ」は知らなかった。彼女の笑みが、憂う理由を。
だからこそ、「オレ」は彼女の憂いを晴らそうと、必死に走り続けていた。彼女を失う「その日」まで。
だが、今ならわかる。彼女はおそらく、本当に「全て」を知っている。だからこそ、無力で何もできない己に憤り、他者を救えないことを憂うのだ。
――そして、もうひとつだけ、わかったことがある。
かつて、「オレ」が抱いた疑問。「私」となった後も、理解しきれなかった積年の疑問。
なぜ「オレ」の記憶を持ちながら、「私」は彼女の死を回避できなかったのか。しようと、しなかったのか。
それは、彼女の憂いを晴らすには、それしか道がなく、彼女自身の言葉によって、「私」のたがが外れてしまったからなのだと。
「私と共に、来てくれるか――■」
――きっと、私はこの戦いで、命を落とすから。
私の身勝手な願いに、けれども、彼女は花がほころぶような笑みを浮かべた。
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