第10章 憂鬱
「……あいつ」
暫しの沈黙の後、一松が呟く。
「あいつが、友達になってから…少しは、マシになった…と、思う…」
一松の言う¨あいつ¨が誰を指すのか、そんなのは決まっている。鈴のことだ。
そして、こんなにも遠慮がちで言葉を選びながらなのは、俺の心情を気遣っているからなんだろう。
こいつのそういう優しさは、今も昔も変わらない。
「よかった、それならお兄ちゃん安心だわ」
…もしかしたら、一松の心を本当の意味で開くことができるのは、鈴なのかもしれない。
バーベキューの時も思ったけど、こいつら他の兄弟より仲いいもんな。そりゃ同じ学校の生徒で毎日顔突き合わせてるんだから当たり前といえば当たり前なんだけどさ。
…一松は、鈴をどう思っているんだろう。
「…ねぇ、手止まってるけど」
「えっ?…あー、ごめん」
…だめだ、やっぱ話しながら勉強なんてとてもじゃないけどできねぇ。
「わりぃな、一松。俺こっちに集中するわ」
「…ほら、結局こうなるんじゃん」
「だから悪かったって。引き続き監視よろしく!」
「はいはい…」
余計な雑念を振り払い、目の前の倒すべき敵に照準を絞る。
聞きたいことなんて山ほどある。一松は、俺の知らない鈴をたくさん知っているだろうし、彼女に対する気持ちだって謎のままだ。
…でもそれこそ、俺が踏み込んではいけない領域なんだろうな。
壊すわけにはいかない。俺たち兄弟の関係も、鈴との関係も、そして、
¨俺自身¨も…。