第10章 憂鬱
【トド松side】
あれは、僕が中学3年に上がったばかりの頃。
街でぶらぶらと買い物してた時だから、多分日曜日。詳しくは覚えてないけど、1人でどこかの店に向かう途中だったと思う。
横断歩道で信号待ちをしていて、青になって歩き出そうとしたら、僕の前にいた女の子の服のポケットからハンカチが落ちたんだ。
その子は友達らしき別の女の子と喋っていて、落ちたことなど全く気付いていない。
たまたま目に入ったし、他に人もいなかったから、僕はそれを拾って先を歩いていってしまった彼女を追いかけた。
さすがに横断歩道の真ん中で止まると危ないから、渡りきってから声をかける。
ハンカチを手渡すと、彼女は何度も頭を下げてありがとうございますを繰り返した。それはもう、隣の友達も引くほどに。
どういたしまして、と微笑んで、僕はその場を去った。
たったそれだけのことなんだけど、
あの時の彼女の笑顔がやたらと印象に残っていて、今でもたまに思い出すんだ。
僕と同じくらいの年齢の、可愛らしいワンピースを着た、笑顔の素敵な女の子。
今にして思えば、あれが僕の初恋だったのかな、なんて。
でもあの時の僕は、自分で言うのもなんだけど腹黒くはなかったし、わりと純情で恋愛には慎重だった。
だから特別彼女を探そうともしなかったし、そのうち受験のことで頭がいっぱいになって、いつの間にか僕の彼女への想いは自然消滅してしまったんだ。
…してしまった、はずなのに。
それから約1年後、おそ松兄さんの紹介で鈴に初めて会った時、僕は息を呑んだ。
ああ、彼女だ…と。
忘れたつもりで、しっかり覚えていたんだ。最初は半信半疑だったけど、彼女の笑顔を見た瞬間、驚きは確信に変わった。
こういうのを、運命というのだろうか。
だとしたら、神様はとても意地悪だ。
だって彼女はもう、おそ松兄さんのものになっていたのだから。
きっと彼女は覚えてない。それも不公平な話だよね。ずっとずっと、僕は片想いをしていて、でもそのことすら認識されないまま、さっさと失恋しちゃってたんだからさ。
だから僕は勝ち戦しかしない。…だってその方が、切ない思いをしないで済むでしょ?
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