第1章 始まりは突然に
真夏にも関わらず厚手のコートとマフラーに身を包んでいるのに、私には寒さしか感じられなかった。
「きゃー!及川くーーーーん」
「かっこいいーーーーー」
男子バレー部が練習をするたびに……否、及川徹が動くたびに女の子から黄色い歓声が上がるのだ。
そんな暑苦しいはずの場所から数メートル離れ、教室棟との連絡通路の端に腰を掛け弟である影山飛雄が来るのを数分前から待っている。
「ゴホッ……ゴホゴホ……」
熱で頭がボーっとしているはずなのに、彼女たちが上げる歓声とどこかで必死に鳴いている蝉の声はうるさいほどに耳に入ってくる。
ぜぇぜぇと肩で息をし、時たまやってくる咳こみに耐えながら待つこと30分ようやく女の子たちがそわそわし始めた。
どうやらバレー部の練習が終わったようだ。
私も彼女たちに便乗し弟に朝練後のおにぎりを届けようと立ち上がる……。
はずだったが、どう頑張っても足に力が入らない。
早く届けないと飛雄が空腹で死んでしまう……。
「ゴホゴホッ……はぁ、はぁ……」
段々と視界がぼやけ、ぐにゃぐにゃと混ざり合っていく。
飛雄におにぎりを届けたら帰ってゆっくり休むという私の予定はどうやら上手くいきそうにない。
私の意識は段々と、しかし確実に遠のいていくのであった。