第34章 キューピッドは語る Side:YouⅡ <豊臣秀吉>
「…っく…う…」
抱えていた膝が、流れ続けた滴でじっとりと湿ってしまった頃。心が晴れたわけではなかったけれど、それでも次第に嗚咽は小さくなっていく。
泣き続けてぼうっとした頭で、自分の足元を他人の物を見るように眺める。
・・・足、冷たい。
とは言え、立ち上がる気にもならない。
まだ湿り続ける目元をそのままに、しばらくの間同じ姿勢で座り続けてた私の視界の端を…何かが音を立てて横切った。
「……?」
気になって顔を上げた時には、もう視線の先には何もない。
誰か、通ったのかな。
まあ、どうでもいいけど。
気持ちが一度逸れてしまったおかげで、廊下の隅で泣き続けてた自分が馬鹿みたいに見えてきた。目元を拭いながら、重い腰を上げてゆっくりと立ち上がる。
「どうしよ…」
このままここにいても寒いだけだけれど、広間に戻るなんて無理だし…こっそり自分の部屋に戻っちゃおうかな。
半ばそう決めてしまった私が、廊下を戻ろうと一歩踏み出した時。
「…さとみ」
「え…」
廊下の先から、私を見てる。
・・・秀吉、さん。
ざ、と音が聞こえそうな勢いで頭が真っ白になってく。進もうとしてたはずの足は、根が生えたようにその場に縫い止められてしまう。
逃げたい。
まだ、嫌なの。
震えそうになる足を叱咤して、私は近づいてこない秀吉さんの方へ、自分から歩み寄る。
顔が見られない。
視線を秀吉さんの胸元辺りに固定したまま、言葉を紡いだ。
「ご、ごめんね。心配かけちゃって…家康ったら、冗談ばっかり言うんだから…」
「……」
上手く笑えない。声だって、自分の物じゃないみたいに掠れてる。
秀吉さん、何か言って。
やっぱり、何も言わないで。
「わ、たし…先に、戻るから…っ」
何とかそれだけ絞り出して、私は秀吉さんの脇をすり抜けようとしたけど。
「待て・・・っ」
大きな手が、私の腕を掴んで引き止める。