第34章 キューピッドは語る Side:YouⅡ <豊臣秀吉>
どこをどう通って来たのか。頭の中の回路が焼き切れてしまいそうなほどの混乱の中で、とにかく足だけを動かし続けて…私はようやく立ち止まった。
乱れた呼吸を整えるために浅く息をしながら周囲を見回すと、そこは軍議をしていた大広間からはかなり離れた廊下の端。突き当りまでとぼとぼと歩みを進めて、その壁にもたれて座り込んだ。
「はあ、もう…どうしよ…」
じっと座り込んで膝を抱えていると、考える事をやめていた脳内に、様々な考えが感情と共に流れ込んでくる。
家康への怒りもあるし、昼食とはいえ軍議の場を逃げ出してきてしまった負い目もある。
けれどずっと私の脳裏に焼き付いて離れないのは、家康が決定的ともいえる発言をしたあとの、秀吉さんの表情。
「最悪だよ…」
自分の想いが露呈してしまった今、こうして衝動的に逃げてきてしまって。この後どんな顔をして秀吉さんに会えばいいんだろう。
自分の言葉で伝えて、それで振られるのならまだしも、あんな形で全員に知られてしまったとあっては、心の整理もつけられない。
秀吉さんは優しいから、きっと私の想いを笑ったりしないし…ありがとうって、言ってくれるだろう。でも、誰の目にだって明らかだ。秀吉さんと私とじゃ、釣り合いなんて取れっこない。
少し困ったように微笑んだ秀吉さんが、「ごめんな」って私に言う姿が浮かぶ。
「ふふっ…」
可笑しいな。
分かってるのに。身の丈に合わない想いだってことくらい。あの人の見ている世界に、私は到底届かない。
なのにどうして、この想いはいまだ消えてくれないのだろう。
「う……ッ」
頬を熱いものが伝う。
鎮まって。お願いだから。
「ううう…い、家康め…っ」
次々に浮かぶ感情をどうにかして止めたくて、家康への怒りを思い出そうとするけれど、上手くいかない。
溢れ続ける滴と一緒に、いっそ全て流れ出ていってしまえばいいのに。
漏れ出る声が響いている気がして、抱えた腕に顔を埋めた。
こうしていれば、世界には私一人。
優しいあの人の前ではせめて、笑っていたいから。