第33章 キューピッドは語る Side:You <豊臣秀吉>
(Side:I)
今にもつんのめって転びそうな勢いで広間を走り去っていくさとみの後姿を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。
はあ、結局こうなったか。最初から、光秀さんの言う通りに二人を引き合わせた方が簡単だったかもしれないな。
「……」
俺の前に立ったままの秀吉さんの顔を盗み見ると、さとみを引き留めようとして手を上げたまま混乱したような表情で固まってる。
何て言葉をかけていいか分からないんだろう。この期に及んで、まだ状況が把握出来ていないらしいね。いい加減その凝り固まった思い込みを取っ払って、真正面からあの子の顔を見ればいいんだ。
広間にいる全員が自分を見ていることにやっと気が付いて我に返った秀吉さんが、俺を見て口を開いた。
「おい家康、さっき光秀に言ったばかりだろ。そういう繊細な話題でさとみをからかうんじゃない」
勘違いもここまで来ると、いっそ清々しいな。どうしても自分の事だと思えないってわけか。
腰を下ろしたままの光秀さんが、再び小さく肩を震わせてる。面白いのは分かりますけど、あんまり笑ってるとまた雷が落ちてきますよ。
「口で説明しても無駄なようなので…これを」
「何だ?」
懐から取り出した文を、俺は秀吉さんに手渡した。結局あの日渡すことが出来なかった、秀吉さんを食事に誘うための文。さとみに返しそびれていたそれが、秀吉さんの目を覚まさせてくれるだろ。
丁寧に開いて内容に目を通していた秀吉さんの顔が、驚愕の色に染まっていく。目が右往左往してるところを見ると、何度も読み直してるみたいだ。
やっと泳ぐのをやめた瞳の視点が定まった。どこかすっきりしたような、それに加えてどこか曖昧な感情が浮かんだ顔が再び俺を見据えて、説明を促してる。
「一昨日、あんたの御殿にさとみが来たでしょう。本当はそれを渡すつもりだったんですけど…結局だめでした。俺はあの子に、文の書き方やら付き添いやらに引っ張り回されて、ほんといい迷惑でしたよ」
普段の俺なら考えられないような長文を一息に言い切って、目の前の鈍い男を眺めた。ようやく、俺の苦労が報われる時が来たみたいだ。