第32章 キューピッドは語る Side:H <豊臣秀吉>
「ねえ家康、えっと…」
「何」
穏やかな表情で食事を続けていたはずのさとみが、不安げに家康を見た。何か言いたげに口をぱくぱくさせてるが、言葉は出てこない。
そんな様子のさとみに、家康が大きくふうっと息を吐く。
「…あんた、今日はやけに気合入った格好してるね」
「あ…うん、招待してもらうんだし、少しはお洒落しようと思って」
「ふーん…どう思います、秀吉さん」
自分から話を振ったくせに、家康は興味がまるで無さそうに相槌を打ってから、なぜか俺に意見を求めた。
…いや、お前のためだろ?さとみの格好。もっと、ちゃんと褒めてやれよ。
「着物も髪も、いつもより華やかですごく良いと思うぞ。俺だったら、好きな女がこんな格好してたら嬉しい」
「あ、ありがとう…」
俺の言葉に、さとみが嬉しそうにはにかんでくれる。本当は家康に褒めてもらいたいだろうに。当の家康は、何かの義務を果たしたかの如く身を引いて、食事を続けてる。
やっぱり、二人はどこかぎこちない気がするな。喧嘩してるにしては、機嫌が悪いわけでもなさそうだし、ますます気になる。
「ご馳走様でした!」
小さな子供みたいなあどけない仕草で、さとみが手を合わせた。その仕草が本当に可愛くて、俺は笑みを絶やせない。
「美味かったな」
「うん、本当に美味しかった」
いろんなこと考えすぎて、正直なところ良く味は分からなかったが、最高の食事だったことは確かだ。
俺の代わりにお茶を淹れてくれると、さとみが立ち上がった。本当なら無理矢理にでも座らせて俺がやるところだが、今だけは都合がいい。礼だけはちゃんと言ってから、さとみが離れた隙をついて、俺は家康に小声で話しかけた。
「家康、さとみと喧嘩でもしたのか」
「別に、してませんけど」
じろりと俺を見て、家康が不機嫌そうに呟く。こいつはいつもこんな感じだが、それが嘘なのかどうかは、顔を見ていれば分かる。どうやら本当に、喧嘩してるわけじゃないみたいだな。
「食事中も会話がなくて心配だったんだが…違うのならいい」
「普段もしません」