第32章 キューピッドは語る Side:H <豊臣秀吉>
その後さとみと一緒に茶を淹れて、至って平和に食事が始まった。箸を動かし、美味い食事に舌鼓を打つ俺の心は複雑だ。
「この煮物、美味しいね」
「ああ、それは俺も好きなんだ。たくさん食えよ?」
「うんっ」
俺の隣ではさとみが、にこやかな表情を崩さないまま美味しそうに食事を続けていて、時折俺とこうして会話してくれる。俺が思い描いていたさとみとの関係がここにあるようで、自然と口数も多くなっちまう。
「家康様、そんなにかけて辛くはありませんか」
「…別に」
俺の正面に座る家康が、真っ赤に染まる椀を覗き込む三成にそっけなく返事をしている。心なしか普段より声色が優しいような…俺の気のせい、か?
「ねえ秀吉さん、このお漬物とっても美味しいね。どこで買ったんだろう」
「お、それか。それはうちの女中が漬けたんだ」
「そうなの?すごい…」
「後で本人に直接言ってやれ、きっと喜ぶ」
「うん」
小皿に盛られた漬物が、本当に好みの味だったんだろう。さとみは小さな欠片も残さないように口に運んで、小気味の良い音を立てながら味わっている。
さとみが横に座ってるってだけで、こうも食事が楽しいんだな。同じものを食って、「美味しい」と言って笑うこいつの顔を見てるだけで、幸福感で腹がいっぱいになりそうだ。
「さとみ様は、今日は一段と楽しそうにしていらっしゃいますね」
「えっ…そ、そうかな?」
「ええ。私もとても楽しいので…お揃いですね」
照れて頬を染めるさとみに、三成が極上の笑みを向けた。向かい合う二人の間に割り込むように、家康が無言で急須を持ち上げたと思ったら、あろうことか三成の湯呑に茶を注いでいく。
「家康様…ありがとうございます」
「さっさと食え」
「い、家康。お前…どこか悪いのか」
「何でですか」
「いや…いい」
驚いた…目玉が飛んで行っちまうかと思った。いつもなら、こいつの三成への物言いを叱っていてもおかしくない頃だぞ。
三成の頭に茶を引っかけようとするのならともかく…いや、それも大問題だが。家康と三成が一緒にいて、俺が口を挟む機会がないなんてな。