第32章 キューピッドは語る Side:H <豊臣秀吉>
準備万端で二人を出迎えた俺の目をまず惹きつけたのは、さとみの装いだった。
家康の後ろについてゆっくりと部屋へ入って来たさとみの着物には、秋らしく撫子の模様が入っていて。
さらにその髪はゆるく結い上げられて、小さな飾りのついた簪が光ってる。
「おう、来たな」
当たり障りのない挨拶を口にしてるが、俺の目はさとみからそらすことが出来ないでいた。
可愛い。
いや、綺麗って言った方がいいか。
町娘の装いが少し変わったからと言って、俺だって目ざとく気が付くわけじゃない。だがさとみは別だ。どんなに些細な事だって、変われば気が付く自信がある。
なんたって、いつも見てるからな。…それが俺のための格好だったら、なんて思っちまうってことは、まだ諦められてないってことか…。
「おい…三成。お前はこっち」
な…おい、何かの冗談じゃないよな?あの家康が、あろうことか三成を呼んでる。隣に座り嬉しそうにしてる三成に、恐ろしく不機嫌そうな顔を向けてはいるけれど。
ちょっと待て、さとみはどうすんだ。お前が隣に座るだろうと思ったから、わざわざ空けておいたってのに。
部屋の入口近くに立ったままのさとみに目を向ければ、案の定困ったような顔をしてる。助け船出してやらなきゃな。
「どうした?さとみ」
「食事が冷めるでしょ。早く座りなよ」
「うん…!」
俺の言葉に続けて、家康がさとみを促した。大きく頷いたさとみは、家康の横に行きたいと言うわけでもなく、どこかぎこちない仕草で俺の隣に腰を下ろす。
そうか、こいつら、もしかしたら喧嘩でもしたのかもしれない。家康は素直じゃないし、さとみも一度決めたことは曲げない所があるからな。
だが、雰囲気自体は別に険悪というわけでもなさそうだ。だとしたら、俺たち二人に気を遣って?
…いや、家康はそんな奴じゃない。百歩譲って気を遣っていたとしても、三成を隣に呼ぶなんて絶対にない。
「お前ら食ってていいぞ、今茶淹れる」
せっかくの昼食会だ、楽しくやらなきゃもったいねえ。この二人の様子は、もうしばらく見とく。