第32章 キューピッドは語る Side:H <豊臣秀吉>
暗い夜道を、絶妙な距離感で二人歩く。遠くもなく、近くもない。これが俺たちの、今の心の距離なんだろうか。
「三成君に、ご飯を持って行くの?」
「あいつ、また書庫に閉じこもってるからな。俺が世話してやらねえと、干からびちまうだろ」
「ふふ・・・そうだね」
横に並んでいるからか。それとも単に暗くて、寂しいのか。さとみが、以前のように俺に話をしてくれる。穏やかな雰囲気がお互いの間に流れている、ただそれだけのことなのに、こんなにも嬉しい。
「あいつも明日には仕事がひと段落するはずだから、昼にはちゃんとした物食わせなくちゃな」
「うん、それがいいと思う」
「さとみも来るか」
「え…いいの!?」
大げさなほどの反応が返って来て驚いた。この前のような断られ方を覚悟していただけに、じわじわと実感する喜びも大きい。
「もちろんだ。食事は大勢の方が楽しいだろ?」
「ありがとう」
「家康にも、声かけとけよ?」
「へ…!?」
俺の言葉に、今度はさとみの方が驚いたように目を見開いた。何で分かったの、って顔してるよな。見てました、聞いてました、なんて言える訳もない。
「お前、家康と仲が良いだろ?一緒にいた方が安心出来るかと思ってな」
「それは…そう、かも」
全て分かってる、そんな顔をして。余裕のある笑みを浮かべて。気の利いた言葉をかけて。
自分で起こす行動の全てが跳ね返り、俺の心に容赦なく傷を与えていく。加えて、さとみからのとどめとも言える肯定の言葉。
「さっさと、言葉にしておくんだったな」
「え?」
さとみから聞き返されたことで、俺は本音を無意識に漏らしていたことに気が付いた。慌ててごまかすために口を開く。
「明日、家康と一緒に俺の御殿に来い。美味い昼食用意して、待ってるからな」
「うん、ありがとう。お邪魔するね」
嬉しそうに頷いて、城への道を進んでいくさとみの横で息をついた。
横恋慕なんて身勝手なものは、さとみを困らせるだけだ。好きな女の顔を曇らせるような野暮な真似、出来るか。
今はただ、その笑顔を守ってやろう。