第32章 キューピッドは語る Side:H <豊臣秀吉>
俺の問いに、一瞬さとみがうろたえた。その瞳が、何かを探すように泳いだ事にしっかりと気がついてしまって、心の奥が不穏に波打つ。ああ、もう少し鈍感だったら良かったのにな。
さとみの瞳が一度向けられた方へ、至極自然に目を向けた。誰の姿も見えないが、確かに聞こえた。土を踏みしめ離れていく、何者かの足音が。
「そうか。それで、何の用だ?何か話があるなら、部屋で聞くぞ」
「大丈夫、これを・・・あれ・・・」
誰かさんには知らんふりをして、さとみへ話を合わせてやろう。ま、隠れていたのが誰か、だいたい想像はつくがな。全く、俺に会いたくないのは構わんが、せめてさとみを待って送って行ってやったらどうなんだ。
懐を探るような仕草をしていたさとみの、その手の動きが早くなり、顔つきがだんだんと険しくなっていく。
どうしたんだ?何か探してるみたいだが・・・。
「・・・ない」
「何がないんだ?」
呆然としてしまったさとみに、俺まで焦っちまう。刺激しないように静かに尋ねた俺に、さとみは静かに首を振った。明らかに落ち込んでいて、どよんとした空気をまとっている。
「あの・・・また、来ます」
「じゃあ、送ってく」
「で、でもっ・・・もう遅いし・・・」
「何言ってるんだ、遅いからお前を送っていくんだ」
さとみの言い方がおかしくて、つい吹き出した。その瞬間ふと合った目は、間髪入れずに反らされる。ぎし、と胸が軋んだ。
「あ、ありがとう・・・」
「ん」
いつもの癖で、うつむいたその頭に手を乗せたが、その刹那我に返った。優しいさとみの事だ、振りほどいたりはしないだろうが、もし嫌がられていたら。
「ほら、早く行くぞ。お前みたいな女の子が、こんな時間にふらふらしてちゃ危ないからな」
「…うん」
慌てて手を離した事をごまかすように笑った俺を、さとみがどこか不思議そうな表情で見てる。それを無視してさとみを促し、玄関を出ようとした時、御殿の中から女中が駆け寄って来た。
「秀吉様、三成様のお食事のご用意が出来ました」
「ああ、そうだったな。一緒に持ってく、ありがとう」
風呂敷を受け取って今度こそ玄関を出れば、ひんやりとした空気が体に触れた。