第31章 キューピッドは語る Side:M <豊臣秀吉>
「…もういないか」
先ほどの廊下まで戻って来ても、そこには既に秀吉達の姿はなかった。当然だな、こんな風当たりの良い廊下に、秀吉がいつまでもさとみを立たせておくはずがない。
と、なれば。
あの男の事だ、確実にさとみを部屋へ送り届けているだろう。今から向かっても、遅いかもしれないな。
体を反転させ、一応さとみの部屋まで行ってみることにして歩き出した。暗くなり始めた廊下を進んでいると、角の向こうから秀吉達の声が聞こえて来て足を止める。
さとみを部屋へ送った帰りらしい、大きくなる声の主に見つかる前に、俺は近くの部屋へ身を潜めた。
「秀吉様、なぜ信長様は、さとみ様を軍議へお呼びなのでしょう?明日の軍議の内容は、さとみ様には関係がないような気がするのですが…」
「んー、俺もそう思う。だが、信長様には何か他にお考えがあるのだろう」
「ええ…そうですね」
秀吉と三成の声が、俺の隠れる部屋の前を通り遠くなっていく。どうでも良いが、今日は隠れてばかりだな。忍にでも職を移せそうだ。
もう少しあいつらの会話を耳にしておきたくて、部屋を静かに抜け出て後をつける。声は聞こえるけれど、決して気付かれない距離…ふむ、難しいな。
「…まあ、俺にとっても好都合だけどな」
「好都合…ですか?」
「ああ…?」
口を開きかけた秀吉が、ぱっと背後を振り返った。危なかったな、隠れるのが間に合ってよかった。まあ、影くらいは見られたかもしれんが。
「秀吉様?何か…」
「いや、何でもない。話、途中だったな…好都合ってのは、さとみも含めて全員揃ってる場で、言いたい事があるからだ」
秀吉の顔など、隠れている俺からは到底見えない。だがその声色から、何かしらの覚悟を決めているのが伺える。
もう聞き耳は良いだろう。俺の予想が正しければ、家康、お前の努力はあながち無駄ではなかったようだぞ。
本当なら、家康にもこのことを教えてやるべきなんだろうが…黙っていた方が、より面白い物が見られそうだな。俺も御殿へ帰って、明日に備えるとしよう。