第30章 キューピッドは語る Side:I <豊臣秀吉>
「どうした?さとみ」
心配そうな秀吉さんの声にハッと入口を見れば、落ち着きを取り戻していたはずのさとみがその場に立ち尽くしていた。
彷徨っていた視線が俺に定まると、どうしよう、と言いたげに眉が下がる。緊張で足が動かないみたいだ。全く…。
「食事が冷めるでしょ。早く座りなよ」
「うん…!」
本当に手がかかる。俺の言葉にきっかけを得てやっと動き出したさとみは、カクカクしながら秀吉さんのそばまで行くと、腰を下ろした。
頑張るって、約束したでしょ?俺はもう助けてやれないよ。
そんな思いを込めて視線を向ければ、分かっていると小さく頷き返してきた。それならもう、俺は三成に余計な邪魔をさせないようにするだけだ。
「お前ら食ってていいぞ、今茶淹れる」
「秀吉様、私が」
「いいから、お前は座ってろ」
三成が腰を浮かせるのを、腕を掴んで阻止した。これは、さとみがどうとかいう問題じゃない。
「私も手伝うよ!」
「そうか?じゃあ頼むな」
腰を上げた秀吉さんに続いて、さとみが飛び上がるように立ち上がった。にっこりと笑いかける秀吉さんにぽーっとするのは分かるけど、もう少し自然に振舞えないのか。
「ところで家康様、軍議の準備は順調ですか?」
「…まあまあ。お前は」
「それが…」
三成が隣で何か話してるけど、全然耳に入って来やしない。茶器に二人で手を伸ばす秀吉さんとさとみの様子が気になって、それどころじゃないから。
ああもう…見ていられない。会話はなんとか出来てるみたいだけど、手が震えてる。今にもお茶をひっくり返しそう。
「あの、家康様?」
「…何」
しまった、何も聞いてなかった。まあ三成相手だし、別にいいけど。
多少バツが悪いのを誤魔化すように出した声は、不機嫌に低い。そんなこと気にする素振りもなく、このお人好しは相好を崩した。
「家康様は、さとみ様が心配なのですね」
「…いいから、さっさと食べれば」
よくもまあ、いけしゃあしゃあと言葉が出てくるもんだな。気になって見てたのは事実だし、今回だけは反論しないでおいてあげる。