第30章 キューピッドは語る Side:I <豊臣秀吉>
「ねえ、少しは落ち着きなよ」
「む、無理…!」
「だろうね」
昼前になり、さとみは再び俺の御殿へとやって来た。先に秀吉さんの御殿に行っていればいいものを、それは無理だと何故か威張られて、今俺達は二人で御殿へ向かってる。
道すがら、さとみはずっとそわそわと落ち着きなく、自分の姿を上から下まで確かめて。俺に何度もおかしい所はないか尋ねて。
さとみの髪には普段つけていない綺麗な簪が揺れているし、着ている着物も少し良い物みたいだ。俺の御殿に飛び込んでくる女も、こうしてると少しはしとやかに見えるな。馬子にも衣裳、ってやつか。
「つ、着いちゃった…」
「着いたね」
蒼白になって、さとみは秀吉さんの御殿の門の前をうろうろと徘徊し始めた。そのまま回れ右して帰って行きそうな勢いで。
「さとみ、三成は俺が何とかしてあげる。だからせいぜい、頑張りなよ」
「…!うん…!!」
歩き回っていた足を止めて、心底驚いたような顔のさとみが俺を見る。仕方ないでしょ、俺だって本当なら三成の相手なんて御免だ。
でも、この会食の場でさとみと秀吉さんの仲が少しでも進展しないと、いつまでも巻き込まれたままになりそうだし。
今回だけ。今回だけ。
「よし、行こう」
俺の言葉に安心したのか、落ち着きを取り戻したさとみが門を開ける。
待っていた女中に通されると、四人分の昼食が用意された部屋には、既に秀吉さんと三成が待っていた。
「おう、来たな」
「こ、こんにちは」
「…どうも」
「お二人とも、時間通りですね」
挨拶だけは口から出しながら、俺は席を眺めて逡巡した。二席ずつの向かい合わせで、既に秀吉さんと三成が隣り合って座ってる…。
俺とさとみで隣り合ったって意味がない。秀吉さんと向かい合ってなんて座らせたら、あの子はきっと会話が出来ない。
…仕方ない。
「おい…三成。お前はこっち」
「え?はい」
俺が三成を呼べば、本人だけじゃなく秀吉さんまで驚いたように目を見開いてる。言いたい事が痛い程伝わってくるけど、あえて無視して秀吉さんの正面に腰を下ろした。
「家康様のお隣…光栄です」
誰か、こいつのキラキラした笑顔に泥でも塗ってよ。