第30章 キューピッドは語る Side:I <豊臣秀吉>
その後から今に至り、何とか食事は平穏に続いている。さとみが湯をひっくり返すこともなく、三成が茶葉をぶちまけることもなく。
緊張が解れて来たさとみが、秀吉さんとの会話に集中できるように、俺は三成の相手をしてる。必要最低限で、だけど。
「ご馳走様でした!」
食事を終えて、さとみがにこにこと手を合わせた。秀吉さんと「美味しかったね」って笑い合ってる。
…なかなか、良い雰囲気なんじゃない。
俺にとっては地獄のような時間でも、二人の関係が進展したのなら、少しは報われる。
「お茶のおかわり、淹れるね」
「さとみ、お前は客なんだから座ってていいんだぞ。俺がやる」
「いいの、呼んでもらったんだから、これくらいはやらせて」
秀吉さんの返事も聞かずに立ち上がると、さとみは茶器へと手を伸ばした。秀吉さんの影に隠れてるけど、この子も実は世話焼きだな。
「家康、さとみと喧嘩でもしたのか」
「別に、してませんけど」
見るともなしにさとみの手元を眺めていた俺に、秀吉さんがそう小声で聞いて来た。嫌ってるはずの三成を、俺がわざわざ隣に座らせたことは、やっぱり不自然だったみたいだ。
「食事中も会話がなくて心配だったんだが…違うのならいい」
「普段もしません」
喧嘩でもしてさとみが俺の御殿に来ないのなら、いっそせいせいするのに。今は余計な事まで背負わされて、とても迷惑しています、あんたのせいで。
喉まででかかった文句を閉じ込めてそっぽを向くと、秀吉さんが小さくため息をついた。
「大切にしろよ。逃げられたって知らねえからな」
「……!?」
えっ…ちょっと待って。驚きすぎて声が出ないけど。秀吉さん、何か致命的な勘違いをしてないか。
「きゃあっ」
「うわっ」
秀吉さんに問いただしてやろうと身を乗り出した瞬間、淹れたてのお茶を運んできたさとみが、何もない所で足を滑らせて盆をひっくり返した。
それを見事に三成が浴びて、騒然となった。湯はそこまで熱くなかったから、火傷なんてしていない。でもずぶ濡れの三成をそのままには出来なくて、そのまま場は解散となってしまった。無視の出来ない疑念を残して。
もう、俺だけじゃどうにもならない。