第30章 キューピッドは語る Side:I <豊臣秀吉>
「ごめんください…!」
「ようこそおいで下さいました。家康様、さとみ様」
秀吉さんの御殿の玄関で声を上げれば、すぐに女中が姿を見せた。俺はさとみの後ろに立っているだけ。
「あの、秀吉さんに渡して頂きたい物があるんですけど…」
「秀吉様なら、先ほどお戻りですが…?」
「い、いえ!!渡して頂ければそれでいいので…」
「かしこまりました」
女中の顔に柔らかな笑みが滲んでいる。顔を真っ赤にしてるさとみの意中に気が付いているんだろうな。二人とも、この女中くらい察しが良いと楽なんだけど。
「どうした、来客か?」
「!!」
家主の声が響いて、びくりと身を竦ませるさとみを尻目に、俺は開いたままの戸からさっと外へ出て隠れた。さすがに俺がここにいるのはおかしい。
やっぱり外で待っているべきだった。さとみがそばにいてくれってうるさいから…。
舌打ちしたい気持ちを抱えて息を潜めていると、さとみが少しずつ後ずさりして近づいてくる。
逃げるな、馬鹿。
「わぁっ」
「さとみか?」
「こ、こんばんは…」
俺に思い切り背中を押されたさとみは、秀吉さんの前に飛び出す格好になって。後が引けなくなれば、この子も腹をくくるでしょ。せいぜい頑張りなよ。
「どうしたんだ、こんな時間に。一人で来たのか?」
「え…う、うん!そう!」
「そうか。それで…」
秀吉さんの声を聞きながら、俺は静かにその場を離れた。さとみが一人なのを知れば、秀吉さんなら送っていくだろう。
ここまでお膳立てしてやれば、さすがに渡せずに帰ってくるなんてことはないはず。あわよくば、二人で城まで歩く間にくっついてくれればいいんだけど。
「お帰りなさいませ」
「ああ…」
お腹すいたな。
食事の用意が出来ていると教えてくれた女中に頷いて、一旦部屋へ戻る。がらりと襖を開けると、床に落ちている紙切れに気が付いた。
「なんだこれ…?」
無造作に拾い上げて、折りたたまれた紙を広げる。現実を受け入れるのに、少し時間がかかった。
ねえ、嘘でしょ?秀吉さんが今頃読んでいるはずの文が、なんでここに落ちてるわけ?
「……」
俺は…何も、見てない。