第30章 キューピッドは語る Side:I <豊臣秀吉>
「それであんた、ろくに話も出来ないのに、どうやって秀吉さんを食事に誘うわけ?」
「えっ…それは、家康に…」
「だめ」
おねだりするみたいに上目で見たって、俺には効かないよ。秀吉さんにすれば一発だろうけどさ。それにさとみ、あんたはもう少し物を考えた方が良い。
「俺に誘われた秀吉さんの気持ち、想像してみなよ」
「気持ち…」
『さとみと食事の約束してるんですけど、秀吉さんもどうですか』って、俺が秀吉さんを誘ったとして。それは折れた羽をむしり取られるくらい、むごい。
「さとみが誘わないと、意味がないでしょ?それに、それ位出来るようにならないと、この先どうするの」
「それもそっか…じゃあ、文書く」
「いいんじゃない」
確かに文なら、渡すことさえ出来れば何とかなるだろう。さとみがちゃんと秀吉さんに渡せるかどうかは…怪しいけど。
「家康。筆と紙、貸して!」
「ここで書くつもり?俺仕事…」
「協力してくれるんでしょ?」
「…ハイ」
仕事に使おうとして墨をつけた筆と、これまた仕事に使おうとして手元に置いていた紙を渡して、いそいそと机に向かうさとみの手元をのぞき込んだ。
「えーっと…秀吉さんへ、と」
「……」
「き、緊張する」
「まだ名前だけだけど」
筆を持つ手がプルプルしてる。あんたは寒さに震える小猿か何かなの?
面白い光景を黙って眺めていたら、部下が部屋の外から俺を呼ぶ。あ…そうだった。出掛ける用事があるのを、すっかり忘れてた。
「さとみ、悪いけど用事があるから。後は自分の部屋で書いて」
「…うん、頑張ってみる。書いたら、読んでくれる?」
「気が向けばね」
「約束だからね!」
俺を待つ部下ににっこりと会釈して、さとみは帰って行った。俺は部下を伴い外へ向かいながら、先の苦労を思い、もう何度目か分からないため息をついたのだった。