第30章 キューピッドは語る Side:I <豊臣秀吉>
「家康ー!!!」
「…また来たの」
これまでにない勢いと騒音をまとって、さとみが俺の部屋へ飛び込んできた。俺はそれを、そしらぬ顔で出迎える。
本当は、城から急いで帰って来て、呼吸を整えていた所だったから…危なかった。
それにしても、泣きそうな顔、してるね。
「秀吉さんがね、お昼どうかって、誘って、くれたのに…」
「うん」
話しながら、段々とさとみの顔が歪んで来て。嗚咽をこらえながら紡ぐ言葉は途切れ途切れ。
「断っちゃったー!!」
うわーん、って泣き出したさとみが、俺の文机に突っ伏した。あ、そこの書簡濡らされたら困る。移動させとこう…。
「何で断ったりしたの」
「…つい」
「は?」
机に突っ伏したままのさとみに尋ねたら、くぐもった声が聞こえて来た。
聞き間違いじゃないよね?つい、って何?書簡の束を置こうとしてた手を思わず止めて、目の前でさめざめと泣くさとみを凝視。
「二人っきりで食べるのかなあとか、何話せばいいのかなあとか考えてたら訳分かんなくなっちゃって…気づいたら断ってた…」
「ふーん。でも、一緒に食事したいんでしょ」
「したい!でも、いきなり二人は…」
むく、と顔を上げたさとみに、その辺にあった手ぬぐいを渡した。涙拭くのもいいけど、勢いよく突っ伏したせいで、額が赤くなってるよ。
まあ、衝動的に誘いを断るほど混乱しちゃうんだから、二人きりで食事なんて到底無理だろうな。思ってもいない事を口走って、後でまた俺の所に泣きに来るのがオチだ。
「そうだ、家康が一緒にいてくれれば何とかなるかも」
「はっ!?なんで俺が…」
ぱっと顔を輝かせたさとみに、いつもの癖で悪態をつこうとして、慌ててぐっと飲みこんだ。今回の事は、俺に原因の一端がないこともない…気がする。
でも、嫌だ。
本当に。
…くそ。
「…今回だけだからね」
「ほんと!?」
「いるだけ、だからね。後は自分で何とかしなよ」
「うん、頑張る!」
目をきらきらさせて立ち上がるさとみは、既に涙の跡など残ってはいない。ほんと、現金なんだから。