第29章 夜が明けたら <明智光秀>
「おい、光秀。お前もうすぐ誕生日だろ?」
数日前。軍議が終わり、共に廊下を歩きながら政宗が光秀に声を掛けた。当の光秀自身は、その言葉にやっと自分の誕生日を思いだしたのだが。
「桜と何か考えてるのか」
「ああ…そう、だな」
誕生日を忘れていた、などと言って政宗にうるさく言われるのが煩わしくて、そのときは適当に返事をしただけだった。しかしさらにその数日後。
「光秀、最近桜に会ってやってねえのか?」
「いや…何分安土を留守にすることが多いのでな」
「随分寂しがってるぞ。ま、俺たちが構ってやってるけどな」
そう言って笑う秀吉の顔がやけに心に引っかかった。焦燥がじわりと鎌首をもたげて、光秀を浸食していく。
気づけば、誕生日前日に時間が取れるように仕事を調整して、攫うように桜を城から連れ出していた。
誕生日に、かこつけて。
桜には、自身の誕生日が明日に迫っている事は伝えていない。だからこれは、ただの旅行。光秀にとっても、誕生日故に祝って欲しいとか、そんな事を望んでいるのではない。
…ただ。
ただ、日付が変わって一番に見る顔が桜であればいいと、そう思った。
横を見れば、饅頭に舌鼓を打ちながら、いまだ空を見上げている桜がいる。その横顔なら、いつまでも飽きずに見ていられそうだ。
「また口が開いているんじゃないか?」
「開いてませんよっ」
わざと意地悪に尋ねて見せれば、拗ねたように頬を膨らませる。
参った。
何度、心の中でそう呟いた事だろう。全員でここを訪れて、桜を自分が手に入れて。それから何度となく、光秀は桜に溺れ続けている。
不意に見せる笑顔、拗ねて怒った顔。
口づけやそれ以上に触れあう時に見せる、とろけたような顔と声。
何気ない瞬間に桜が光秀を見るたび、その瞳に囚われる。雁字搦めにされた心は絶え間なく桜を求め続け、どれだけ触れようとも満足出来ない。
「本当に綺麗」
「…そうだな」
お前のほうが、よほど綺麗だ。
光秀の心中など知りもしない様子の桜が、無邪気に顔を輝かせた。眩しそうに目を細めた光秀が、それを眺める。