第29章 夜が明けたら <明智光秀>
その後は、部屋に運んでもらった夕食を二人並んでとり、他愛ない話をしながらしばらく部屋でのんびりと過ごした。
外はすっかり夜の帳が下り、やることもなくなって手持ちぶさたになった頃。
「桜、少しつき合え」
「どこか行くんですか?」
「来れば分かる、これを着ておけ」
立ち上がった光秀に習えば、桜用の羽織を手渡してくれる。袖を通しながら後に付いて行くと、玄関から宿を出て行くようだ。
何気なく桜の体を引き寄せて歩いてくれる光秀に嬉しくなりながらも、その心には言いようのない不安が進入してくる。
この道は…。
「光秀さん…」
「…心配するな」
たまらず光秀の名を呼べば、桜の心細さを払拭するように光秀の腕が肩をしっかりと抱きしめてくれる。
あの日。桜が恐ろしい体験をした船小屋へ向かう道を、二人静かに歩いていく。光秀を信じて、ただ黙って歩みを進めていた桜の目に、記憶とは違う光景が飛び込んできた。
「あれは…?」
船小屋があったはずの場所は、綺麗に整地されて小さな庭園が出来上がっていた。東屋が風景に溶け込むように建ち、控えめな灯りに照らされて影が揺れる。
「お手をどうぞ、姫」
淡い橙の灯りに照らされ、優しく微笑んだ光秀が桜へと手を差し出した。その手に手を重ねれば、東屋へ上がる階段を誘導してくれる。
東屋の中には緋毛氈が敷かれ、お茶や甘味が用意されている。桜の心を支配していた不安は、いつの間にかすっかりどこかへ行ってしまったようだ。
「たまには、お前と星を見るのもいいかと思ってな」
「はい…っ」
今宵の月は、あいにく新月から抜け出たばかりでほとんど姿が見られない。その代わりに輝きを増す星の光が、東屋の頭上を覆いつくしている。
「うわあ…」
あまりの光景に、ただただ感嘆するしかない。ぽかんと開いた桜の口に、不意に饅頭が放り込まれた。
「むぐっ!?」
「口が開いていたぞ」
「ひどいですよ…」
でも、おいしい…。
もぐもぐと口を動かしながら文句を言う桜に、光秀が無言で笑った。