第29章 夜が明けたら <明智光秀>
桜が脱衣所を出ると、冷えた廊下に光秀が佇んでいる。暗くなりだした廊下には、ぽつぽつと灯りが灯され、ぼんやりと明るい。
「光秀さん、待っていて下さったんですか!?」
部屋へとっくに戻っているものと思っていた桜は、驚いてそばへ駆け寄った。出来るだけ手早く身支度を整えたつもりだったけれど、男性よりはどうしても時間がかかってしまう。しばらく待たせてしまったはずだ。
「慌てるな、転ぶぞ」
「それより…」
すみません、と謝ろうとした桜の手を取り、光秀は廊下を進んで部屋へ戻っていく。その手が少し冷たくて、申し訳なさでいっぱいになる。
「光秀さん、体が冷えています」
「気にするな。それとも、お前が温めてくれるのか?」
「いいですよ」
「……」
ためらいなく頷いて見せた桜に、光秀の方が虚を突かれて黙り込んだ。その表情を見つめ、桜は嬉しそうに笑う。
「そうか…光秀さんの意地悪には、こう返したらいいんですね」
「返すのは勝手だが、言ったからには実行してもらうぞ」
にや、と笑った光秀の悪い笑顔にどきりとしながら、桜は自分の言葉が大胆だったことに今更ながら気がついた。
「あ、あの…」
温める、って要するに。
部屋に入り、どきまぎしている桜を尻目に、光秀は茶器を手元に引き寄せる。
「桜、茶を煎れてくれ」
「…え?」
「俺を温めてくれるんだろう?それとも、違う事だとでも思ったか」
「…っ」
光秀には敵わない。桜は悔しさと恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも、光秀のために温かいお茶を丁寧に煎れた。