第29章 夜が明けたら <明智光秀>
「桜、着替えを持ってついて来い」
「どこに行くんですか?」
「風呂に決まっているだろう…俺が背中を流してやる。前に来た時は実現できなかったからな」
にや、と笑う光秀の目が桜を射抜く。冗談なのか、本気なのか。どちらにせよ、心臓に悪い事この上ない。
「一緒に入るってことですか!?」
「そのつもりだが」
「む、無理です!」
ぶるんぶるんと首を振りながら、桜は部屋の奥へと後ずさる。
「何故だ?」
「まだ明るいし、恥ずかしいです…」
「おかしな娘だな…夜はもっと恥ずかしい姿を俺に晒しているというのに」
「な、な何を…っ」
真っ赤な顔で怒る桜を眺めて、光秀は喉の奥で楽しそうに笑う。
「そう怒るな、冗談だ」
「冗談には聞こえません…」
「とにかく、ついて来い」
桜の手を引き、光秀は部屋から出て行く。廊下を進んで風呂の前に来ると、入口が二つ。
「あれ?」
前に来た時には、風呂は一つだけだった。そのせいで、桜は一苦労だったのだが。
「どこぞの武将達が帰ったあと、建て増したそうだ。姫を困らせることがないようにと」
「それって…」
混浴が当たり前のこの時代。宿の主人の息子の失態を少しでも挽回しようとして、新しく宿の主人となった男が桜のために行動を起こしたのだ。
先日その事が城へ伝わったことで、光秀も桜を連れてくる気になったというわけで。
「これならば、一緒でもいいだろう」
「はい!」
元気に返事をする桜を左の入口に促し、光秀は自分も同じ入口から入ろうとする。
「光秀さん、何してるんですか?」
「おや、違ったか?」
「光秀さんはそっちです!」
大きな背中をぐいぐいと押して右の入口に追いやって、桜はしばらく無言で様子を伺う。光秀が戻ってくるのではと思ったけれど、大人しく脱衣所へ入っていったようだ。