第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
追いかけて来てる、って?
謙信の肩越しに振り返れば、三頭の馬がこちらへ向かっているのが小さく確認できた。謙信と桜の姿を認めて速度を上げたのか、あっという間に近づいてきて並走し始める。
「やあ、姫。数刻ぶりだな」
「はい、信玄様」
「桜、こいつと話をするな。馬鹿が移る」
「流石にひどいな…」
右側から声を掛けて来た信玄に、謙信がにべもない言葉を吐いた。フォローしようがない桜の左側から、今度は幸村と佐助が顔を出す。
「桜さん、君が上手く安土を離れられて、本当に良かった」
「佐助君、色々ありがとう。幸村も、これからよろしく」
「おー。お前みたいなじゃじゃ馬、あんまりよろしくしたくねーけど…うおわ!?」
いつもの軽口を叩こうとした幸村に向かって、謙信がすらりと刀を抜いた。ギロリと睨むその眼は本気だ。
「桜を侮辱するのは、この俺を侮辱するのと同義だと思っておけ」
「いや、侮辱じゃなくてただの…あぶねえっ!」
謙信がブンと振るった刀を、幸村がすんでのところで避けた。そのまま馬を離して、刀が届かない位置へと移動させてから、不服そうに口を曲げる。
「ただでさえ手に負えねえのに、さらに拍車かかってんぞ、佐助…」
「いや、大丈夫。桜さんが言ってくれれば、謙信様も聞いてくれるはず」
謙信に届かないように、ひそひそと会話を交わす二人が視線を向ければ、桜が謙信をなだめている。
「謙信様、やめて下さい…」
「…仕方ない」
呆気ない程簡単に刀を鞘に戻した謙信の姿に、幸村が目を丸くする。
「すげー…あいつもだけど、さすが佐助」
「だろ?謙信様もああ見えて案外単純なんだ」
「お前、それ絶対本人に言うなよ」
二人の会話が聞こえていた桜は、一人くすりと微笑んで。自分を抱えて馬を操る謙信を見返る。
「謙信様、前に仰ってましたよね。戦が生き甲斐だって」
「それが、どうした」
「私、ずっと考えていたんです。謙信様の生き甲斐が戦なんて悲しい、って。だから、私が謙信様の生き甲斐を、勝手に探すことにしました」
「…やってみろ」